今朝、夜明けとともに目が覚めた。哲学の道沿いの小さな部屋の窓を開けると、すでに蝉の合唱が始まっていた。八月の京都は、息が詰まるような暑さが続いているが、夜明け前の空気にはまだかすかな涼しさが残っている。蒸し暑い夏の夜が明けてゆく瞬間、世界は一瞬だけ息をひそめるように静まり返る。その短い時間が、一日で最も好きな時間だ。
縁側に出て、空を見上げた。まだ薄明るい空に、細い雲がゆっくりと流れていた。遠くで蝉の声が高まり、近くの木でも応えるように鳴き始める。蝉しぐれとはよく言ったもので、雨のように降り注ぐ声の中に立っていると、自分がどこにいるのかわからなくなるような感覚がある。
蝉しぐれ
哲学の道
朝風や
茶の支度をしながら、庭の朝顔を観察した。毎朝、この花が咲くのを楽しみにしている。藍色の花びらは、光の加減によって紫にも青にも見える。しかし、朝顔の命は短い。午前中には萎み始め、昼には影も形もなくなる。その短命さが、かえって美しいと思う。日本人が「物の哀れ」と呼ぶものを、この花は体現しているように思えてならない。
朝顔の
藍に目覚める
夏の朝
昨晩のことも書き留めておこう。夕食後、銀閣寺の周辺を散策した。観光客が引いた後の境内近くは、静かで別世界のようだった。夏の月が、枯山水の白砂を静かに照らしていた。砂の模様が月光を受けて輝き、水面のように揺らいで見えた。誰もいない庭に立ち、しばらく月を眺めた。心の中が、少しずつ澄んでいくような気がした。都会の喧騒も、日常の煩わしさも、月の光の前では小さなことに思えてくる。
夏の月
銀閣の庭
白く澄む
今日の午後、突然の夕立があった。空が暗くなり、大粒の雨が石畳を叩き始めた。軒下に駆け込んで雨宿りをしていると、遠くから寺の鐘の音が聞こえてきた。雨の音と鐘の音が重なり合い、不思議な調和を生み出していた。雨が上がると、石畳が濡れて光り、空気が少し清涼になっていた。まるで世界が洗われたように、草木の緑も一段と鮮やかだった。
夕立や
石畳ぬれ
鐘の音
夕方、哲学の道を歩いていると、ひとりの旅人が前を歩いていた。大きなリュックを背負い、ゆっくりとした足取りで歩いている。傾いた陽光の中で、その人の影が長く伸びていた。旅人の背中には、どこか寂しさと自由が同時に宿っているように見えた。旅とは、こうして自分の影と向き合うことなのかもしれない。
炎天下
旅人ひとり
影短か
今日も、京都の夏は美しかった。暑さの中にも、静けさがある。蝉の声も、朝顔の花も、銀閣の月も、夕立の雨も、道を行く旅人も、みなこの瞬間を生きている。明日もまた、早起きして、この街の朝を感じよう。
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