朝のコーヒーを淹れながら、いつもと違う音に気づいた。お湯が注がれるときの、かすかな「ピチッ」という音。何年もこうしてコーヒーを淹れてきたのに、今日初めて聞こえた気がする。
実は昨夜、友人との会話で少し失敗をした。彼女が仕事の悩みを話していたとき、私はすぐに「こうすればいいよ」と解決策を提案してしまった。でも彼女が求めていたのは、きっと答えではなく、ただ聞いてほしかっただけだったのだろう。電話を切った後、「ああ、また急ぎすぎた」と思った。
今朝のコーヒーの音は、そんな反省の延長線上で聞こえたのかもしれない。急いで何かを成し遂げようとするのではなく、ただそこにあるものに耳を傾ける。それだけで、世界は少し違って見える。
哲学者のシモーヌ・ヴェイユは「注意を向けることは、魂の最も純粋な形での祈りである」と書いていた。注意を向けるというのは、ただ見るとか聞くとかではない。対象に対して自分を開くこと、受け入れる準備をすることなのだと思う。
午後、散歩をしていたら、小さな子どもが母親に「ねえ、なんで影は黒いの?」と聞いていた。母親は「光がないからよ」と答えた。でも子どもは「じゃあ、光がないところには、いつも影があるの?」と重ねて聞いた。その質問に、私もはっとした。影は光の不在ではなく、光と物体の関係の結果なんだ。
もし明日、たった5分でいいから、何か一つのことに完全に注意を向けてみたらどうだろう。お茶を飲むときの温度の変化、誰かの話を聞くときの声のトーン、歩くときの足の裏の感覚。それを、ただ観察するだけ。判断も分析もせずに。
きっと、何か小さな発見があるはずだ。
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