合わせ鏡の教室
夜の学校は、昼間とはまったく違う顔を持っている。
私が教育実習で配属された古い小学校には、妙な言い伝えがあった。3階の音楽室で夜に合わせ鏡をすると、「もう一人の自分」が現れるという。
「そんなの迷信だから」先輩教師は笑って言った。しかし彼女の目は笑っていなかった。
ある日、音楽室の鍵を閉め忘れてしまった。取りに戻ったのは夜の8時過ぎ。廊下を歩きながら、ふと昔話を思い出した。合わせ鏡を覗くと、死後の自分が映る。
音楽室に着くと、ドアが少しだけ開いていた。中から低い音が聞こえる。ピアノではない。もっと低く、振動するような...誰かの声。
覗き込むと、二枚の大きな鏡が向かい合わせになっていた。教材用の姿見が、誰かの手で並べ替えられている。
鏡の間には、小さな人影があった。子供だ。制服姿の女の子が、じっと鏡を見つめている。
「こんな時間に何してるの?」
声をかけた瞬間、女の子がこちらを振り向いた。その顔は...私だった。今より少し若い、小学生の頃の。
私は記憶を掘り返す。そうだ、この学校に通っていたんだ。あの時、合わせ鏡で遊んでいて――
何を見たんだっけ?
小学生の私は微笑んで、また鏡に向き直った。合わせ鏡の奥、無限に続く反射の中に、大人の私が映っている。今夜、この場所に来る私が。
そして、さらに奥には――
私は逃げ出した。翌朝、音楽室の鍵は職員室の机の上にあった。誰が返却したのか、誰も知らない。
今でも時々思い出す。あの鏡の奥の奥、何十年も先の自分の顔を。しわだらけで、目だけが子供のようにきらきらと輝いていた、あの笑顔を。
昨夜、夢を見た。私は老婆になり、夜の音楽室で合わせ鏡を覗いている。
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