秋の訪れを最初に感じるのは、いつも食卓からだ。 今朝、近所の青果店で松茸を見つけた瞬間、思わず足が止まった。太くどっしりとした傘、まだ開ききっていない凛とした佇まい。艶のある褐色の表面に、白い軸がすっ...
秋の訪れを最初に感じるのは、いつも食卓からだ。 今朝、近所の青果店で松茸を見つけた瞬間、思わず足が止まった。太くどっしりとした傘、まだ開ききっていない凛とした佇まい。艶のある褐色の表面に、白い軸がすっ...
八月の京都に足を踏み入れると、街全体が熱を帯びた静けさに包まれている。祇園祭の余韻がまだ石畳に漂う中、暖簾をくぐった先に、今年の夏で最も忘れられない一皿が待っていた。 鱧の湯引き。 器に盛られた瞬間、...
七月の京都、祇園祭の余韻がまだ空気に漂う夕暮れどき、石畳の細い小路を歩いていると、暖簾をくぐる人影に誘われるように、ある老舗の料亭へ足を踏み入れた。 席につくと、まず目に飛び込んできたのは、白磁の器に...
六月の市場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。梅雨の湿気を帯びた風の中に、青々とした夏野菜の香りが混じり合う。目に飛び込んできたのは、鮮やかな紫の茄子だった。 今年初めての夏茄子。農家の女性が「今朝...
六月に入ると、川べりの料理屋からいよいよ鮎の季節が始まる。 今年初めての鮎と出会ったのは、京都の保津川沿いにある小さな川魚専門店でのことだ。店の前には竹の生け簀があり、銀色の鮎たちがヒラリヒラリと水流...
九月に入ったばかりの夕刻、馴染みの魚屋の店先に、今年はじめての秋刀魚が並んでいた。
氷の上に横たわる銀の魚体は、まるで刀を磨いたかのように鈍く光っている。体の厚みがあって、脂がのっていることは見ただけでわかる。背から腹にかけて緑みがかった暗い青と白銀のグラデーションが美しく、これほど「秋の到来」を体現した食材はほかにないと毎年思う。一尾手に取ると、しっかりとした重さが手のひらに伝わってきた。迷わず三尾を買い求めた。
帰宅して七輪に炭をおこす。現代の暮らしでこの手間をかけるのは、秋刀魚だけのために残した贅沢だ。炭火の上に網を置き、塩を軽くまぶした秋刀魚を寝かせると、じきに脂が滴り落ちて白い煙が上がりはじめた。
その香りといったら。
甘い脂が焦げる複雑な煙の匂いは、どんな香水よりも人の食欲を刺激すると私は信じている。鼻の奥まで届くこの香りだけで、今夜の食卓がすでに完成しているような気がした。
皮がパリッと色づいたところで火から下ろす。箸を入れると、サクッという小気味よい音とともに皮が割れ、中からほわりと湯気が立ちのぼる。身はしっとりとしながらも、骨の際までほろほろとほどけるようにやわらかい。
口に含むと、最初にくるのは脂の甘みだ。べったりとした重さはなく、じんわりと舌の上で広がるさらりとした旨みで、それがやがて秋刀魚特有のほのかな苦みへと変わっていく。この苦みこそが、秋刀魚の真骨頂だと思う。大根おろしをのせて一緒に食べると、辛みと酸みが脂をきれいに流し、次の一口がまた恋しくなる。
炊きたての白米に、この脂と苦みが混じり合う瞬間。それは九月だけに許された、短い幸福だ。
来年もまた、この煙の匂いを嗅ぐために秋を待つだろうと思いながら、三尾目の骨をきれいに外した。
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