朝の光が斜めに差し込む小さなギャラリーで、一枚の抽象画の前に立ち止まった。青と灰色が溶け合う画面から、遠くの波音のような静けさが立ち上ってくる。近づくと、絵の具の盛り上がりが小さな影を作り、表面が呼吸しているように見えた。
最初は何も掴めなかった。構図も主題も曖昧で、どこに視線を置けばいいのか迷う。でもそれが正解だったのかもしれない。絵が「見せる」のではなく、こちらが「探す」ための余白を残していた。五分ほど立ち尽くしていると、画面の左下にある小さな白い線が、全体を支える軸のように感じられてきた。
隣にいた年配の女性が小さく呟いた。「昔の海みたい」と。私には波というより、霧の中を歩いた記憶が重なった。同じ絵を見ても、それぞれの内側にある風景が映し出される。それが抽象の面白さなのだと、改めて思う。
帰り道、カフェに寄ってスケッチブックを開いた。今日見た青を再現しようとしたけれど、どうしても冷たくなりすぎる。少し紫を混ぜてみたら、ほんの少し近づいた気がした。完璧には辿り着けないけれど、その試行錯誤そのものが楽しい。技術は後からついてくる。まず感じたことに正直でいたい。
夕方、もう一度あの白い線のことを考えた。あれは支えだったのか、それとも裂け目だったのか。答えは出ないけれど、問い続けることが作品との対話なのだと思う。見終わった後も心に残り続けるもの、それが本当の余韻なのかもしれない。
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