朝の光が窓から差し込むとき、埃の粒子が空中で踊っているのが見えた。あの浮遊する微細な世界を見ていると、今日訪れた展覧会のことを思い出す。
会場に入った瞬間、静寂が肌を撫でるように感じられた。白い壁に掛けられた作品は、一見するとただの黒い線の集合のように見える。でも近づいてみると、その線一本一本が微妙に異なる濃淡を持ち、呼吸するように波打っていることに気づく。作家は墨と筆だけでこの空間を生み出したのだという。
私はしばらくその前に立ち尽くした。どこから鑑賞すべきか、どれくらいの距離が適切なのか、最初は分からなかった。三歩下がってみる。また二歩近づく。その小さな実験の中で、作品が変化していくのを感じた。遠くからは静謐な風景に見えたものが、近づくと激しい感情の痕跡を露わにする。
隣にいた年配の女性がぽつりと言った。「これ、音楽みたいね」と。彼女の言葉が胸に残った。そうだ、これは視覚の音楽なのかもしれない。線の太さがリズムを作り、余白が休符となって、全体で一つの旋律を奏でている。
帰り道、私は自分の批評の仕方について考えていた。つい技法や歴史的文脈ばかりに目を向けてしまうけれど、もっと素直に、作品の前で自分の体が何を感じるかに耳を澄ませてもいいのかもしれない。分析は後からついてくる。まずは受け止めること。
夜になって、あの展示室の静けさがまだ私の中に残っている。墨の匂いと、白い壁の冷たさと、隣にいた女性の優しい声と。それらすべてが作品の一部だったのだと、今なら思える。
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