東長崎で降りたのは、単純に名前が気になったからだ。「東長崎」という地名が東京の真ん中に存在していることへの軽い驚きが最初に来た。改札を出てみると駅前は小さなロータリーと自転車置き場で、長崎要素は皆無だ...
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東長崎で降りたのは、単純に名前が気になったからだ。「東長崎」という地名が東京の真ん中に存在していることへの軽い驚きが最初に来た。改札を出てみると駅前は小さなロータリーと自転車置き場で、長崎要素は皆無だ...
十条駅の北口から出た瞬間、人の密度がすっと変わった。南口はロータリーがあって自転車と宅配便がひしめいているのに、北口は静かで、商店街の入り口だけがぽっかりと口を開けている。どちらが「表」なのか、たぶん...
今日のターゲットは、阿佐ヶ谷から桃園川の暗渠を辿って高円寺まで歩くことだった。地図上の距離は六キロ弱で、「軽い午前中の散歩」のつもりで阿佐ヶ谷駅に降り立った。改札を出た瞬間、なぜか北口に立っていた。南...
西荻窪を起点にしたのは、荻窪との境がよくわからないからだ。毎回「あれ、もう荻窪か」とスマホを確認するはめになる。実際、地名の境界線がどこにあるのか、長く住んでいる人でも説明できないんじゃないかと思う。...
水曜日なのに有給を取った。理由は特にない。強いて言えば、先週からずっと気になっていた暗渠を歩きたかった、それだけだ。蛇崩川の跡を池尻大橋から三軒茶屋まで歩く計画を立てた。「計画を立てた」というほどのも...
鶯谷は南口から出るつもりで北口に出た。案内板はちゃんとあった。地下通路を歩きながら「南口方面」の矢印を見て、その方向に進んだ。それで北口に出た。自分の向きの取り方が根本的に間違っていたのだと思うが、どこで間違えたのかは結局わからなかった。改札を出てからしばらく「これは南口だろうか、北口だろうか」と看板を確認し続けたので、出発前にすでに五分ほど消費した。
北口から緩い坂を根岸方向へ歩き始めた。坂の途中に「音無親水公園」という案内板があって、川跡だとわかった。石積みで整備されていて、欄干もあって、水も流れている。ただし水は浅くて底が丸見えで、どちらかというと「水のある広場」という感じがした。川は暗渠になると消えるが、整備されすぎると別のものに変わる、というのが今日の最初の発見だった。落ち葉が二、三枚浮いていて、流れる速さがゆっくりすぎたので、落ち葉の方が静止しているように見えた。整備された親水公園が寂しいのは、水のせいではなくて、川が「見せられている」からだと思う。たぶん。
藍染川の暗渠を探しながら、よみせ通りを歩いた。このあたりの路地の下を通っていたはずで、道がうねっているところや舗装が妙に盛り上がっているところが「それっぽい」と聞いたことがある。実際に歩いてみると、交差点でもないのに道路が緩くカーブしているところがあった。「これかな」と思う瞬間はあるが、確信はない。暗渠探しはいつも「かもしれない」で終わる。今日はなんとなく、はっきりしないのが落ち着かない気分だった。
三崎坂の途中で小さな喫茶店に入った。暖簾に「珈琲」とだけ書いてあって、外から席数がわからなかった。入ったら四席しかなく、先客が一人、奥で週刊誌を読んでいた。ブレンドを頼んだら、コーヒーカップには金色の縁取りがあって、一か所だけ欠けていた。コーヒーは濃くて少し苦くて、砂糖を入れずに飲んだ。窓の外を、頭の白い高齢の男性が自転車でゆっくり通り過ぎた。それだけだったが、カップを置く気になれなくて、十分ほどそのままでいた。喫茶店を出ると外が少し暗くなっていて、気温も下がっていた。十一月だった。
谷中霊園に迷い込んだのは完全に地図の読み違えだった。門を「ショートカットできる路地の入口」と誤認して中に入ったら、墓地の奥の道に出た。引き返しながら、自分の読図能力についてしばらく考えた。考えたが、改善策は何も浮かばなかった。墓地の中は風がなくて、落ち葉が地面に均一に積もっていて、静かだった。迷い込んだ割に悪くない数分だったが、それは大きな声で言うことでもない。
根津の駅で今日の歩行を終わりにした。鶯谷から根津まで地図で測ったら3.8キロだった。五時間かかっていた。電車に乗って手帳に「水が見えすぎる川は川じゃなくなる」と書いた。後で読んだら意味がよくわからなかった。たぶん、現場では何かわかっていた。
#街歩き #暗渠 #谷中 #散歩日記