今日、書庫から出してきた資料の束の中に、享保十四年(1729年)の商家日記が混じっていた。整理番号が一つずれていたらしく、ずっと別の函に収まっていたものだ。表紙は薄く黄ばみ、虫損が数か所あるが、本文は驚くほど読みやすい筆跡だった。
その日記の七月の頁を開いたとき、余白にごく小さな字で「おちよ、熱さがる」と書いてあった。本文とは違う筆圧で、急いで書いたような跡がある。本文には米の値段と仕入れの記録しかない。おちよが誰なのか、日記には説明がない。娘か、下働きの女子か、あるいは妻か。享保年間に流行した疱瘡や麻疹の記録と時期が重なるが、この一文だけでは断定できない。分かっていることは、書いた人物がその日、帳面の端に四文字を書き留めるほど気にかけていた、ということだけだ。
热が下がったかどうかは、日記には書かれていない。翌日の頁は米相場に戻っている。
昼休み、鴨川の石に腰をおろして文庫本を読もうとしたが、結局ページを繰れなかった。川の向こうで子どもが何か叫んでいて、声がよく聞こえなかった。おちよのことを考えていた。これは史料的には何でもない余白の落書きで、論文に引用できるものではない。ただ私が勝手に気にしているだけだ。
午後、デジタル撮影の補助をしながら、同僚に話したら「よく気づきますね」と言われた。気づいたというより、目に入った、という方が正しい。整理作業は視線をあちこちに走らせる。そういうとき、本文より余白の方が先に飛び込んでくることがある。なぜそうなのか、自分でもうまく説明できない。
今日触れた日記は、明日には函に戻る。おちよが何者だったか調べる手がかりは今のところない。調べたところで何かが変わるわけでもない。それでも、三百年近く前の四文字が今日の私の午後を少し変えた、というのは事実だ。
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