雨上がりの午後、路地裏の小さな蕎麦屋の暖簾をくぐった。店内に漂うのは、鰹節の深い香りと、揚げたての天ぷらから立ち上る芳ばしい湯気。カウンター越しに見える厨房では、職人の手が rhythmically そばを打っている。
「ふきのとうの天ぷらそば、ございますよ」
店主の言葉に、心が躍った。早春の使者、ふきのとう。そのほろ苦さこそ、冬から春への移ろいを告げる味だ。
運ばれてきた器に目を奪われる。濃い翠色のそばつゆの上で、黄金色に輝く天ぷらがまるで春の太陽のよう。ふきのとうの花芽が衣から覗き、繊細な産毛まで見える。まず、つゆの香りを吸い込む。昆布と鰹の奥深い旨味に、ほんのり甘い味醂の香り。そこに天ぷら油の芳ばしさが重なる。
天ぷらを一つ、そっと箸で持ち上げる。サクッという音が心地よい。衣はレースのように薄く、光を透かすほど。一口頬張ると、カリッ、サクサクと軽やかな食感。その瞬間、ふきのとう特有のほろ苦さが口いっぱいに広がる。決して嫌な苦味ではない。雪解けの大地を思わせる、野性味あふれる、それでいて上品な苦味。後から追いかけるように、ほんのりとした甘みと、独特の香草のような風味。
そばをたぐる。ツルツルと喉を滑る麺は、程よいコシがあって、噛むたびに蕎麦の風味が鼻に抜けていく。つゆに浸した天ぷらは、衣がつゆを吸ってじゅわっと旨味が溢れ出す。
祖母の家の裏山で、幼い頃ふきのとうを摘んだことを思い出す。雪の間から顔を出す小さな蕾を見つけた時の喜び。あの時の記憶が、一口ごとに蘇ってくる。
季節を食べる、とはこういうことだ。春はまだ浅いけれど、この一杯の中に、確かな季節の息吹がある。
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