三月の終わりに訪れた京都の路地裏。暖簾をくぐると、ほのかに立ち上る出汁の香りに思わず足を止めた。
今日のお目当ては、掘りたての筍の土鍋ごはん。器の蓋を開けた瞬間、湯気とともに広がる木の芽の爽やかな香りが、春の訪れを告げる。艶やかに炊き上がった米粒の間から、薄く切られた筍が顔を覗かせている。淡い黄色と緑のコントラストが、なんとも優しい。
一口目。シャックリとした筍の歯ごたえが、まず口の中で主張する。えぐみはまったくなく、ただ純粋な甘みと、かすかな土の香り。そして米。ひと粒ひと粒がモッチリとした弾力を保ちながら、出汁をしっかり吸い込んでいる。噛むほどに、昆布と鰹の旨味が広がり、筍の繊細な風味と溶け合っていく。
添えられた木の芽を手のひらでパンと叩いてから散らすと、山椒特有のピリッとした香りが立ち上り、味わいに奥行きが生まれる。この香りの層が、春という季節を立体的に感じさせてくれる。
店主が言っていた。「筍は鮮度が命。掘って三時間以内に茹でないと、えぐみが出る」。その言葉通り、この筍には雑味がひとつもない。ただただ、春の大地の恵みを純粋に味わえる贅沢がここにある。
お焦げの部分をガリッと噛むと、香ばしさが一気に押し寄せ、また違った表情を見せる。この一膳の中に、何層もの味わいが折り重なっている。
子供の頃、祖母の家で食べた筍ごはんを思い出した。あの時も、こんな風に春の訪れを噛みしめていたのかもしれない。季節を食べるということ。それは記憶を辿る旅でもある。
最後の一粒まで、丁寧に味わった。ごちそうさま、春。また来年も、必ずここに来よう。
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