四月の終わり、市場の片隅に積まれた泥つきのたけのこを見つけたとき、思わず足が止まった。
ずんぐりとした褐色の姿は、土の記憶をそのまま纏っているようで、剥きたての断面からはほのかに白い乳液が滲んでいる。指で触れると、ひんやりとした硬さの中に、かすかな弾力がある。これはまだ生きている、と直感した。
家に持ち帰り、糠と鷹の爪を加えた大鍋で下茹でする。台所に立ち込めてくる湯気は、青くほろ苦い野趣を含んでいて、山の朝の匂いに似ている。一時間ほどで火を止め、そのまま冷ますあいだ、たけのこは静かに灰汁を手放していく。
翌朝、出汁と薄口醤油、みりんだけのシンプルな煮汁で炊いた。蓋を開けた瞬間、甘やかな節の香りと、出汁の温かみが重なって鼻先を包む。
箸を入れると、サクッとした手応えのあとに、ほろりと繊維がほどける。根元に近い部分はモッチリとした密度があり、穂先に向かうほどシャクシャクと軽くなる。同じ一本の中に、異なるふたつの食感が宿っているのが面白い。
口に含めば、出汁が染み込んだ先に、たけのこ本来の淡い甘さと、土の滋味がゆっくりと広がる。えぐみはなく、ただ清潔な旨みだけが舌の上に残る。どんな食材とも主張を張り合わず、しかし確かにそこにいる、という存在感。
母がよく言っていた。「たけのこは鮮度が命。買ったその日に茹でなければ、翌日には別物になる」。子どもの頃は意味がわからなかったその言葉を、今は指先で理解している。
季節は待ってくれない。だから旬のものは全力で迎えに行く。
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