深夜二時、図書館の自習室で私は一人だった。期末試験が近く、誰もが帰った後も残って勉強を続けていた。
窓の外は真っ暗で、蛍光灯の明かりだけが白々と室内を照らしている。シャープペンシルの芯が紙を擦る音だけが静寂を破っていた。
ふと、廊下から足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ。
規則正しく、ゆっくりとこちらに近づいてくる。警備員だろうか。時計を見ると、ちょうど巡回の時間だった。
足音は自習室の前で止まった。
ドアのすりガラス越しに、人の影が見える。しかし、ノックもなく、声もかからない。ただ、そこに立っているだけだった。
「すみません、もう少しで終わります」
私は声をかけた。返事はない。
影はじっと動かない。三分、五分、十分。ずっとそこにいる。
さすがにおかしいと思い、私はドアに近づいた。すりガラスに手をかける。
その時、影が急に消えた。
ドアを開けると、廊下には誰もいない。足音も聞こえない。ただ、蛍光灯の一つがチカチカと明滅していた。
私は荷物をまとめて帰ることにした。エレベーターホールに向かう途中、ふと振り返った。
自習室のドアのすりガラスに、また人影が映っていた。
中には誰もいないはずなのに。
その影は、私と同じ制服を着ているように見えた。私と同じ髪型をしているように見えた。
私は走った。
エレベーターに飛び乗り、一階のボタンを連打する。扉が閉まる直前、五階の廊下の奥から、また足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ。
今度は早く、こちらに向かって走ってくる。
扉が閉まった。エレベーターが降下を始める。三階、二階。
一階に着いた時、上を見上げると、エレベーターの階数表示が点滅していた。
五階から四階、三階、二階。
何かが、私を追いかけて降りてきている。
私は外に飛び出した。図書館の自動ドアをくぐり、夜の空気を吸い込む。振り返ると、図書館の五階の窓に、誰かが立っていた。
ガラス窓に額をぴったりとくっつけて、こちらをじっと見ている。
距離があって顔は見えないが、その姿勢、制服、髪型。
全て、私と同じだった。
翌日、図書館に行くと、五階は立ち入り禁止になっていた。
「昨夜、何かありましたか?」と警備員に聞くと、首を横に振られた。
「昨夜は誰も来てませんよ。それに、五階の自習室は三年前から使われていません」
「でも、私、昨夜五階で勉強を…」
警備員の顔が青ざめた。
「嘘でしょう。五階は、三年前に学生が一人、夜中に倒れて亡くなってから、封鎖されているんです」
私のバッグから学生証が落ちた。拾い上げようとして、ふと手が止まった。
学生証の写真の背景が、五階の自習室だった。
でも、私が撮影したのは、確か一階の受付だったはずだ。
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