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十五年ぶりに故郷へ帰った時、駅前の風景はほとんど変わっていなかった。けれど、あの古い公衆電話ボックスだけは、まだそこにあった。
小学生の頃、私たちの間で噂されていた話がある。「夜の十一時四十四分に、あの電話ボックスから家に電話をかけると、過去の自分が出る」
当時、誰も試す勇気がなかった。でも今なら、と思った。大人になった私には、もう怖いものなんてない。そう自分に言い聞かせながら、その夜、電話ボックスへ向かった。
十一時四十三分。受話器を取り、実家の番号を押す。コールが鳴る。一回、二回――
『もしもし』
幼い声が聞こえた。間違いない。十歳の頃の、私の声だ。
「あの、私……」言葉が出てこない。
『お姉ちゃん?未来から電話してるの?』
「そう、そうよ」震える声で答えた。
『ねえ、お姉ちゃん。一つだけ教えて』
幼い私の声は、不思議なほど落ち着いていた。
『私、ちゃんと大人になれた?幸せになれた?』
胸が詰まった。答えようとした瞬間、電話が切れた。時計を見ると、十一時四十五分。
翌朝、母から連絡があった。
「あんた、昨夜電話した?」
していない、と答えると、母は不思議そうに言った。
「おかしいわね。昨夜の十一時過ぎ、電話が鳴って、出たら誰もいなくて。でも、受話器の向こうから、小さい頃のあんたの声で『幸せになれなかった』って聞こえた気がしたのよ」
受話器を持つ手が震えた。私が聞いたのは、十歳の私の声。
では、母が聞いたのは――?
その後、あの電話ボックスは取り壊された。でも時々、夜の十一時四十四分になると、鞄の中で携帯が震える。
着信履歴には、もう使われていないはずの実家の番号が表示されている。
怖くて、出たことはない。
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