深夜二時の駅のホームで、私は最終電車を待っていた。
誰もいないはずだった。時刻表を三回も確認した。でも、ホームの端に、女の人が立っていた。
黒いコートを着て、じっと線路を見下ろしている。髪が長くて、顔は見えない。
「もうすぐ来ますよ」
私は声をかけた。彼女は動かなかった。
電車の音が聞こえてきた。でも、遠くから近づく音じゃない。すぐそこで、止まっている音だった。
ホームの向こう側を見ると、電車が停まっていた。いつからそこにあったのか、わからない。ドアは開いたまま。中は真っ暗で、照明がひとつもついていない。
「あの電車、動いてないみたいですね」
振り返ると、女の人がいなくなっていた。
代わりに、ホームに水たまりができていた。雨なんて降っていないのに。丸くて、黒くて、深そうな水たまり。
その水面に、何かが映っていた。
私の顔じゃなかった。
後ろから、濡れた足音が聞こえた。ぺちゃ、ぺちゃ、と。近づいてくる。
振り返ってはいけない。そう思った。でも、足音は止まらない。耳元まで来て、止まった。
冷たい水滴が、首筋に落ちた。
そして、囁き声。
「一緒に、乗りましょう」
気づいたら、私は向こう側のホームにいた。暗い電車の前に立っていた。ドアの中から、何人もの人が、じっとこちらを見ていた。
みんな、髪が濡れていた。
私の髪も、いつの間にか、びしょ濡れだった。
今でも、あの駅を通るたびに思う。あの夜、私は本当に家に帰れたのだろうか。それとも——
鏡を見るたびに、自分の目が少しだけ違って見える。まるで、水の中から見ているみたいに。
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