あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
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あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
夜の十一時を過ぎた頃、私は駅のホームに一人立っていた。 終電まであと十分。蛍光灯がひとつ、ゆっくりと明滅していた。 反対側のホームに、女が立っていた。
夏の終わり、田中みずきは終電に乗り損ねた。 駅から家まで、歩いて二十分。慣れた道だ。でも、こんな時間に歩くのは初めてだった。 街灯の光が、アスファルトに細長い影を作る。みずきの後ろに、みずきの影が伸び...
その夜、残業を終えて会社を出たのは、もう零時を過ぎた頃だった。 駅まで続く商店街は人気ひとけがなく、シャッターの並ぶ通りに自分の足音だけが響いていた。信号が変わるたびに立ち止まる。赤、青、赤、青。誰も...
去年の夏、友人の佐和子から聞いた話だ。 彼女は高校三年の受験生で、その日も図書室で夜遅くまで勉強していた。消灯時間の少し前、トイレに立った。廊下には誰もいない。自分の足音だけが、磨き込まれた床に長く響...
放課後の音楽室は、いつも少しだけ冷たい。
夏でも、そこだけ空気が違う気がして、私は毎日なるべく早く通り過ぎるようにしていた。三年生になってからは係の仕事で、週に一度だけ鍵を借りて楽器の点検をしなければならなかった。
七月の終わり、その日も一人で音楽室に入った。
ピアノの蓋を開けて、鍵盤をひとつずつ確認する。高い音、低い音。白鍵、黒鍵。問題なかった。
帰ろうとして、気づいた。
椅子が一脚、ピアノの前に出ていた。
片付けて出ようとした、その瞬間。
鍵盤が、鳴った。
振り返った。誰もいない。でも確かに音がした。低いドの音が、一度だけ。
私は出た。鍵を閉めた。廊下を早足で歩いた。
次の週も、また椅子は出ていた。
今度は確認した。ちゃんと片付けてから出た。廊下に出て、鍵をかけて、少しだけ待ってみた。
音楽室の中から、足音がした。
ゆっくりと。一歩、また一歩。
ピアノに近づいていく、その音。
そして低いドが、また一度鳴った。
私はそれから係を替えてもらった。理由は聞かれなかった。
でも今でも、たまに思う。
あの椅子は、誰かが座っていたから出ていたのか。それとも、誰かが座ろうとして、待っていたのか。
#怪談 #学校の怪談 #ホラー #日本語