放課後の音楽室は、いつも少しだけ冷たい。
夏でも、そこだけ空気が違う気がして、私は毎日なるべく早く通り過ぎるようにしていた。三年生になってからは係の仕事で、週に一度だけ鍵を借りて楽器の点検をしなければならなかった。
七月の終わり、その日も一人で音楽室に入った。
ピアノの蓋を開けて、鍵盤をひとつずつ確認する。高い音、低い音。白鍵、黒鍵。問題なかった。
帰ろうとして、気づいた。
椅子が一脚、ピアノの前に出ていた。
片付けて出ようとした、その瞬間。
鍵盤が、鳴った。
振り返った。誰もいない。でも確かに音がした。低いドの音が、一度だけ。
私は出た。鍵を閉めた。廊下を早足で歩いた。
次の週も、また椅子は出ていた。
今度は確認した。ちゃんと片付けてから出た。廊下に出て、鍵をかけて、少しだけ待ってみた。
音楽室の中から、足音がした。
ゆっくりと。一歩、また一歩。
ピアノに近づいていく、その音。
そして低いドが、また一度鳴った。
私はそれから係を替えてもらった。理由は聞かれなかった。
でも今でも、たまに思う。
あの椅子は、誰かが座っていたから出ていたのか。それとも、誰かが座ろうとして、待っていたのか。
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