最終電車の窓
終電のドアが閉まる直前、彼女は飛び乗った。車内は空いていて、座席に数人の乗客がまばらに座っているだけだった。疲れた会社員、居眠りする学生、スマホを見つめる若者。誰も彼女を見なかった。
窓に映る自分の顔を見ながら、彼女は今日の出来事を思い返していた。残業、上司の嫌味、コンビニで買った冷めた弁当。いつもと変わらない一日。
次の駅で、また一人降りた。車内がさらに静かになる。
ふと、窓ガラスの反射に気づいた。自分の後ろ、三つ向こうの席に、誰かが座っている。白いワンピースを着た女性だ。でも、振り返っても誰もいない。
心臓が速く打ち始める。もう一度、窓を見る。女性はまだそこにいる。今度は少し近くに。二つ向こうの席に。
電車が次の駅に停車する。誰も乗ってこない。誰も降りない。ドアが閉まる。
窓を見る。女性は一つ向こうの席にいる。黒い髪が長く垂れている。顔は見えない。
彼女は目を閉じた。これは疲れているだけだ。幻覚だ。深呼吸をして、もう一度窓を見た。
女性は隣の席にいた。
そして彼女は気づいた。窓に映っているのは、後ろの席ではない。自分の隣だ。
ゆっくりと、首を横に向ける。
隣の席は空だった。
安堵の息をつこうとしたその時、窓の中で女性が振り向いた。顔はなかった。ただ、滑らかな白い肌だけが、目も鼻も口もなく、こちらを向いていた。
電車が急停止する。車内放送が流れる。「信号トラブルのため、しばらく停車いたします」
彼女は窓を見ることができなくなった。でも、窓の外の暗闇に、何かが映っているのが見える。ホームもトンネルも見えない。ただ、無数の白い顔が、電車の周りを取り囲んでいる。
すべての顔が、彼女を見ている。
誰も目がない。誰も口がない。
でも彼女には分かった。彼らは見ている。彼らは笑っている。
電車が再び動き出す。白い顔たちが流れていく。次の駅で、彼女は飛び降りた。ホームに立って、電車が去っていくのを見送る。
最後の車両の窓に、あの女性が座っていた。今度は、彼女の方を振り返って。
そして、彼女は自分の手を見た。透けている。少しだけ。
毎晩、終電に乗る。毎晩、もう少し透けていく。
いつか完全に消えたとき、彼女もあの窓の中にいるのだろうか。
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