あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
Private by default — share only the days you choose.
No comments yet. Be the first to comment!
Sign in to leave a comment.
あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
夜の十一時を過ぎた頃、私は駅のホームに一人立っていた。 終電まであと十分。蛍光灯がひとつ、ゆっくりと明滅していた。 反対側のホームに、女が立っていた。
夏の終わり、田中みずきは終電に乗り損ねた。 駅から家まで、歩いて二十分。慣れた道だ。でも、こんな時間に歩くのは初めてだった。 街灯の光が、アスファルトに細長い影を作る。みずきの後ろに、みずきの影が伸び...
その夜、残業を終えて会社を出たのは、もう零時を過ぎた頃だった。 駅まで続く商店街は人気ひとけがなく、シャッターの並ぶ通りに自分の足音だけが響いていた。信号が変わるたびに立ち止まる。赤、青、赤、青。誰も...
去年の夏、友人の佐和子から聞いた話だ。 彼女は高校三年の受験生で、その日も図書室で夜遅くまで勉強していた。消灯時間の少し前、トイレに立った。廊下には誰もいない。自分の足音だけが、磨き込まれた床に長く響...
深夜二時、図書館の自習室で論文を書いていた。
窓の外は闇だけだ。蛍光灯の白い光が机の上を照らし、静寂が耳を圧迫する。カリカリとペンを走らせる音だけが、時間の経過を証明していた。
ふと顔を上げた。
向かいの席に、女性が座っていた。
いつからいたのだろう。黒いストレートの長い髪が机に垂れている。顔は見えない。ページをめくる音もなく、呼吸の気配さえない。ただそこにいる。
私は目を戻した。論文に集中しようとしたが、文字が頭に入ってこない。
もう一度見た。
女性はまだそこにいた。動いていない。髪だけが微かに揺れている。空調の風だろうか。それとも—
時計を確認する。二時十五分。図書館は二十四時間開いているが、こんな時間にいるのは私だけのはずだった。
立ち上がろうとした時、女性がゆっくりと顔を上げた。
髪の隙間から、目が見えた。黒い、深い、何も映さない目。口元が歪んでいく。笑っているのか、それとも—
私は声を出せなかった。体が動かない。
女性は立ち上がった。机の下から、ゆっくりと。まるで水面から浮かび上がるように。
「お友達になりませんか」
声が聞こえた。乾いた、遠い声。
その瞬間、蛍光灯が一瞬消えた。
パチッ
明かりが戻った時、女性はいなかった。
向かいの席には誰もいない。本も、筆記用具も、何もない。机の上にはうっすらと埃が積もっていた。
ただ、私の手元の論文用紙に、見覚えのない文字が一行だけ書かれていた。
「また明日も来てね」
私の筆跡ではなかった。
図書館を飛び出した。エレベーターは動かず、階段を駆け下りた。一階のロビーに着くと、警備員が怪訝な顔で私を見た。
「どうしました?」
「二階の自習室に、誰かいませんでしたか」
「二階?今日は点検で閉鎖してますよ」
心臓が凍る。
警備員が続けた。「あそこで去年、学生が一人亡くなったんです。深夜に一人で勉強していて、心臓発作だったらしいですが…誰かが最後まで一緒にいてあげれば、もしかしたら」
それ以上は聞けなかった。
私はそのまま大学を去った。二度と深夜の図書館には近づかないと決めた。
でも時々、夢の中で聞こえる。
乾いた、遠い声が。
「お友達になりませんか」
#怪談 #深夜の図書館 #都市伝説 #ホラー