職員室の電気が消えた時刻は、午後六時半だった。
私が最後の生徒を送り出して、一人きりで採点をしていた時のことだ。廊下の蛍光灯だけが、白く光っている。いつものことだと思った。夜の学校は静かで、仕事に集中できる。
だが、その日は違った。
机に向かっていると、廊下から足音が聞こえた。誰かが歩いている。生徒が忘れ物を取りに来たのだろうか。しかし足音は、どこか不自然だった。一歩、二歩、三歩。そしてまた最初に戻る。同じリズムで、同じ場所を繰り返し歩いているようだった。
「誰かいますか」
声をかけても、返事はない。足音だけが続く。
私は立ち上がって、廊下を見た。誰もいない。足音は止まっていた。気のせいだったのかもしれない。席に戻ろうとした時、また聞こえた。今度は職員室の中から。
背後で、何かが動いている。
振り返ると、窓際の机の上に、小さな人形が置かれていた。さっきまでなかったはずだ。古びた日本人形で、着物は色褪せ、顔は薄汚れている。だが目だけが、妙に生き生きとしていた。
「これ、誰の......」
人形の目が、私を見た。
いや、そんなはずはない。人形が動くわけがない。だが確かに、その視線は私を追っていた。心臓が早鐘を打つ。部屋を出ようとした時、背後から声がした。
「先生」
子どもの声だった。振り返る勇気が出ない。だが声は続ける。
「先生、私を見て」
ゆっくりと振り返ると、そこには誰もいなかった。人形だけが、机の上で微笑んでいる。いや、微笑んでいるように見える。私は走って職員室を飛び出した。
翌日、他の教師に聞いてみた。「窓際の机に、人形があったんです」
「人形? そんなもの、ないよ」
確かに、もうそこには何もなかった。だが今でも思い出す。あの声を、あの視線を。
そして時々、夜の廊下から聞こえる足音を。
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