夜の図書館で、私は卒論のために閉館間際まで残っていた。三階の奥の書架、誰も来ない古い資料室。窓の外は真っ暗で、蛍光灯の光だけが頼りだった。
ページをめくる音だけが静寂を破る。その時、廊下の向こうから足音が聞こえた。
パタパタと裸足で歩く音。
閉館時刻はとうに過ぎている。司書さんはもう帰ったはずだ。
足音は近づいてくる。書架の影から影へ、規則正しいリズムで。私は息を殺して本を握りしめた。
「あのう……すみません」
声をかけようとした瞬間、足音がぴたりと止まった。
私のすぐ後ろで。
振り返ることができなかった。背中に視線を感じる。冷たい、ねっとりとした視線。
見てはいけない
本能がそう告げていた。
「……なんで……見てくれないの……」
ささやき声。女の子のような、でも何か違う。
「……私、ここにいるのに……」
項を撫でる冷たい指先。濡れている。髪から滴る水が、私の首筋を伝った。
「……ずっと、待ってたのに……」
図書館の古い記録によると、二十年前、この資料室で女子学生が首を吊って死んだという。発見されたのは三日後。夏だった。
私が座っているこの席は、彼女がいつも使っていた場所だったらしい。
振り返ってはいけない。
今も、背後で呼吸する気配がある。
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