放課後の四時半、私は職員室で採点をしていた。
窓の外はすでに薄闇に包まれている。冬の日は短い。他の教師たちは既に帰宅していて、校舎はしんと静まり返っている。
ふと、廊下から子どもの足音が聞こえた。
小走りで、やけに軽快な足音だ。この時間に児童が残っているはずはない。念のため、廊下に出て確認してみることにした。
しかし、廊下には誰もいない。
足音はもう止んでいた。気のせいだったのだろうか。職員室に戻ろうとした時、また聞こえた。
今度は上の階から。二階の廊下を、誰かが走っている。
私は階段を上った。
二階もまた、誰もいない。足音は既に消えている。空気が冷たい。暖房が切れたせいだろうか。呼吸が白く見える。
そしてまた、足音。
三階だ。
階段を上ると、廊下の奥に小さな影が見えた。小学生ぐらいの子どもの後ろ姿。髪が長い。女の子だろうか。
「こら、まだ学校にいたの?」
声をかけたが、子どもは振り返らずに歩き続ける。そして音楽室の扉を開け、中に入っていった。
私は追いかけて音楽室に入った。
部屋は真っ暗だった。スイッチを押すと、蛍光灯が震えながら点いた。
誰もいない。
ピアノと椅子だけが、静かに並んでいる。隠れる場所などない。窓は全て閉まっている。
足元を見ると、小さな足跡が床に続いていた。
濡れた足跡。
それは音楽室の真ん中で、ぷつりと途切れていた。まるで、その場で誰かが蒸発してしまったかのように。
私が立ち尽くしていると、背後でドアが閉まった。
振り返ると、誰もいない。
でも確かに、濡れた足音が廊下を走り去っていくのが聞こえた。
今度は四階へ向かう階段のほうへ。
しかし、この学校に四階はない。
私は音楽室を出て、階段のほうを見た。三階で終わっているはずの階段が、さらに上へと続いている。薄暗い、見覚えのない階段が。
足音はその先で止まっている。
私は階段の前に立ち、一段目に足をかけた。
その時、後ろから声がした。
「先生、そこに行っちゃだめです」
振り返ると、あの女の子がいた。濡れた髪を垂らして、じっとこちらを見ている。顔は見えない。
「いつもそうやって、みんな行っちゃうんです」
彼女は言った。
「でも誰も、帰ってこないんです」
そして、また音楽室の中に消えた。
私は階段から離れた。職員室に戻り、鞄を掴み、急いで校舎を出た。
翌朝、用務員さんに聞いてみた。三階の音楽室の上に、昔、何かあったのかと。
彼は少し考えてから、こう答えた。
「昔はありましたよ。四階が。でも十年以上前に取り壊されました。何があったかは、私も知りません。ただ、ずっと使われていなかったんです」
それ以来、私は放課後、一人で職員室に残ることをやめた。
でも時々、夕暮れ時に窓の外を見ると、三階の音楽室の窓に小さな影が映っている。
いつも、誰かを待っているように。
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