授業が終わった後の教室は、いつもよりも静かだった。誰もいないはずなのに、廊下の奥から足音が聞こえる。
パタパタ、パタパタ
私は机の中の忘れ物を取りに来ただけだった。体育館シューズ。それだけのことだった。足音が近づいてくる。
教室のドアがゆっくりと開いた。
そこには誰もいなかった。
でも、一番奥の席、誰も座らないあの席が今日も濡れていた。床に水たまりができている。朝、掃除したはずなのに。用務員さんも、先生も、あの席だけは触れようとしない。私たちにも何も言わない。
水たまりを見つめていると、その表面に何かが映った。
長い髪の女の子。私と同じくらいの年齢。でも、顔が見えない。いや、顔がない。
パタパタ、パタパタ
足音がまた聞こえる。今度は教室の中から。濡れた足跡が、あの席から私に向かって続いている。
窓の外を見た。夕日が沈みかけている。もうすぐ日が暮れる。
足跡がすぐ後ろまで来ている。
振り向いてはいけない。母が言っていた。「放課後の学校で、誰かの気配を感じても、絶対に振り向いてはいけない」と。
でも、私の肩に何かが触れた。
冷たい。濡れている。
ポタリ
首筋に水滴が落ちた。
まだ振り向いていない。まだ大丈夫。
体育館シューズを掴んで、教室を出ようとした。でも、ドアが開かない。鍵はかかっていないのに。
後ろから声がした。
「なぜ、誰も私に話しかけてくれないの?」
それは、私たちのクラスにいた女の子の声だった。去年の夏、プールで溺れた。
私はまだ振り向いていない。
「ねえ、見てよ。私、ここにいるのに」
冷たい手が私の頬に触れる。濡れた指が私の顔を撫でる。
「どうして、誰も私を見てくれないの?」
私は目を閉じた。深呼吸をした。そして、ゆっくりとドアノブを回した。
今度は開いた。
廊下に飛び出した瞬間、後ろから水音がした。大量の水が教室から溢れ出してくるような音。
走った。階段を駆け下りて、玄関まで。外に出た。
夕日はもう沈んでいた。
振り返ると、4階の教室の窓から、長い髪の女の子が私を見ていた。
顔はまだ見えない。
でも、彼女は手を振っていた。
「また明日」と言っているように見えた。
私は毎日、この学校に来なければならない。
そして、彼女もまた、そこにいる。
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