昨夜、図書館で不思議なことがあった。
夜の十時過ぎ、私はいつものように奥の閲覧室で古い文献を読んでいた。司書の田中さんが帰った後、建物には私一人だけのはずだった。
ページをめくる音だけが静寂を破っていた。そのとき、二階から足音が聞こえてきた。
パタ、パタ、パタ。
裸足のような、軽い音。
「田中さんが戻ったのかな」と思ったが、玄関の鍵が開く音は聞こえていない。それに、田中さんはいつも革靴を履いている。
足音は廊下を歩き回り、やがて階段に向かった。
パタ、パタ、パタ。
段を降りる音が一段ずつ聞こえる。十三段ある階段を、ゆっくりと。
私は息を殺して聞いていた。本を閉じることさえできなかった。
十三段目の音が響いた後、足音は止まった。
しばらく待ったが、何も聞こえない。廊下を確認しに行こうかと思った瞬間、閲覧室の入り口で、小さな声がした。
「お疲れ様でした」
田中さんの声だった。でも、そこには誰もいなかった。
私は慌てて荷物をまとめ、図書館を出た。玄関の鍵は、最初からかかっていた。
翌朝、田中さんに昨夜のことを尋ねた。
「昨夜ですか?私、体調を崩して早退したんです。夕方の五時頃に」
田中さんは困ったような顔で言った。
「でも、変ですね。昨夜、あなたに挨拶した夢を見たんです」
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