職員室の灯りが落ちるのは、いつも午後十時を過ぎたころだった。
私が夜間警備のアルバイトを始めてから三週間。この学校にはいくつか妙な決まりがあった。二階の第三理科室には入らないこと。三階の女子トイレは夜八時以降使わないこと。そして、廊下で足音が聞こえても振り向かないこと。
「慣れればどうってことないよ」
前任者はそう言い残して辞めていった。理由は聞かなかった。聞きたくなかった。
その夜、いつものように校舎を巡回していると、二階の廊下で濡れた足跡を見つけた。裸足の、小さな足跡。始まりは第三理科室の前だった。
足跡は階段へと続いていた。上へ。
規則を破ってはいけない。頭ではわかっていた。でも足は勝手に階段を上っていた。三階。女子トイレの前で足跡は途切れていた。
扉の隙間から、水の流れる音が聞こえた。
ゆっくりと扉を開ける。個室が五つ。一番奥の扉だけが、わずかに開いていた。水音はそこから聞こえてくる。
近づく。覗き込む。
便器に、髪の毛が詰まっていた。黒く長い髪が、排水口から這い出すように溢れ出ていた。水は流れ続けている。髪はどんどん増えていく。
後ずさる。振り返る。
鏡に、私の後ろ姿が映っていた。そして、私の肩に手を置く、もう一人の私。
髪の毛は床まで届くほど長く、水が滴っていた。鏡の中の私は微笑んでいた。私の顔で、私ではない何かが。
「振り向かないで」
背後から、私の声がした。
最後に振り向いた人がどうなったか、前任者は教えてくれなかった。でも今なら、わかる気がする。
翌朝、新しい夜間警備員の募集が出された。前任者が突然辞めたため、との理由だった。面接では三つの規則を教えられるだろう。そして四つ目の規則は、誰も教えてくれない。
四つ目の規則は、鏡を見た者だけが知る。
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