朝の光が窓から斜めに差し込むとき、壁に映る影の境界線がゆっくりと移動していくのを見つめていた。その動きはあまりにも緩やかで、気づかなければ永遠に静止しているように見えるかもしれない。けれど、5分、10分と見続けていると、確かに世界は動いているのだと実感する。
午後、小さなギャラリーで版画展を見た。木版画の黒いインクが和紙に食い込んでいる様子が、近づいてみるとよくわかる。彫刻刀の跡がそのまま残っていて、作家の手の動きが時間を超えて伝わってくる。ある作品の前で立ち止まったとき、隣にいた年配の女性が「この余白がいいわね」と小さくつぶやいた。その言葉に、私も改めて白い部分に目を向ける。描かれていない空間が、描かれたものと同じくらい雄弁に語りかけてくる。
帰り道、いつもの喫茶店に寄った。注文を間違えて、頼むつもりのなかったカフェオレが出てきた。「あ、違う」と言おうとして、やめた。せっかくだからと飲んでみると、意外と悪くない。いつもの選択から少しずれることで、新しい味に出会えることもあるのだと思った。小さな間違いは、時として小さな発見をくれる。