五月の第三金曜日、菊川駅の南口から出て、地図を確認せずにそのまま歩き始めた。五分ほど進んだところで、向かいから来た配達員の自転車と目が合い、自分が完全に逆方向へ進んでいたことに気づいた。スマホの地図は最初から正しかった。私の頭の中の地図が、いつものように百八十度ずれていた。これはもう体質のようなものだと思っているので、特に落ち込まずに立ち止まってくるりと向きを変え、また歩き始めた。五分のロスだが、今日は急ぐ用事が何もない。
今日の目標は、菊川から旧水路の跡らしい筋をたどって錦糸町まで抜けること。地図の上では七キロ弱くらいで、気が向けば九キロか十キロになるだろうと思っていた。最初から正確な距離を測ると歩く前から疲れた気分になるので、だいたいでいい。天気は薄曇りで、日差しが強くなく、五月にしては歩くのにちょうどいい日だった。小脇に古い鞄を持って、ノートと鉛筆だけを入れて出かけた。
住宅街を抜けてしばらくすると、突然道幅が変わった。コンクリートで舗装された細い道が、右にも左にも折れずにまっすぐ伸びている。昔、水路だったらしい筋がそのまま歩道になったやつで、幅は二メートルちょっとしかない。自転車と歩行者がすれ違うと、どちらかが少し体を斜めにしないといけない程度の狭さだ。こういう暗渠の道は、なんとなくずっと歩き続けたくなる性質がある。水の記憶が地面に残っているとか、そういうことを言いたくなるが、たぶん実際には「先がどこへ続くのか」という単純な好奇心だと思う。水路が蓋をされた経緯を調べる習慣が私にはないので、歩きながら想像するだけで終わる。でも、それはそれで悪くない。
しばらく歩いたところで、シャッターが半分だけ閉まった町工場の前に出た。板金か何かをやっているらしい小さな工場で、シャッターの色が目を引いた。もともと銀色だったはずのものが全体にさびていて、そのさびが夕焼けに近い橙色になっていた。誰かが塗ったわけでもなく、わざとそうしたわけでもなく、ただ時間がそういう色にしただけだ。意図のない色というのは、時として意図した色より落ち着く。写真に撮ろうとスマホを取り出したが、なんとなく踏み切れずにそのままポケットに戻した。さびの写真を撮っても意味がない、と思ったわけでもなく、ただ踏み切れなかっただけだ。
昼は商店街の途中で見つけた町中華に入って、塩ラーメンを頼んだ。看板には「拉麺」の二文字しかなかった。カウンターに常連らしき男性が二人いて、テレビを見るともなく見ながら麦茶を飲んでいた。厨房では年配の男性が一人で黙々と鍋を振っていた。運ばれてきたラーメンのスープは澄んでいて、塩気が強いわけでも薄いわけでもなく、ただ「塩」という感じがした。上に乗った刻みねぎが少し多いなと思ったが、これが正しいのかもしれない。食べ終わって「ごちそうさまでした」と言ったら、「どうも」と短く返ってきた。それで十分だった。
錦糸町には三時少し前に着いた。南側に用があるのに北口から出てしまい、改札内を歩いて南口へ回った。ICカードなので余分な運賃はかからなかったが、自分の判断力への信頼が少し下がった。南口のほうが全体的に落ち着いた雰囲気で、それぞれが自分の方向へ静かに散っていく感じがした。北口と南口でこんなに人の流れが違うものかと、今さらのように感心した。
帰りの総武線でメモ帳を開いて書いたのは、「橙色のさび、塩、南口に気づくのが遅い」の三行だけ。七時間歩いてこれだけかと思わなくもないが、まあ、それでいいと思う。
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