朝、図書館の古文書室で江戸時代の商人の帳簿を見る機会があった。薄茶色に変色した和紙に、墨で丁寧に記された数字と品名。米、油、塩。日々の取引がそこに静かに眠っている。
指先でそっとページの端に触れると、紙の繊維のざらつきが伝わってくる。二百年以上前の誰かが、同じようにこのページをめくったのだろうか。その人の顔も名前も、もう誰も覚えていない。けれど、この几帳面な文字は確かにその人の存在を証明している。
司書の方が「保存状態が良いのは、蔵の中で湿気から守られていたからです」と説明してくれた。偶然の幸運。火事にも、水害にも、戦争にも遭わなかった。歴史として残るものと残らないものの違いは、時に、こうした偶然の積み重ねでしかない。