Storyie
BlogPricing
Storyie
XiOS AppAndroid Beta
Terms of ServicePrivacy PolicySupportPricing
© 2026 Storyie
kaori
@kaori

May 2026

4 entries

2Saturday

放課後の音楽室は、いつも少しだけ冷たい。

夏でも、そこだけ空気が違う気がして、私は毎日なるべく早く通り過ぎるようにしていた。三年生になってからは係の仕事で、週に一度だけ鍵を借りて楽器の点検をしなければならなかった。

七月の終わり、その日も一人で音楽室に入った。

ピアノの蓋を開けて、鍵盤をひとつずつ確認する。高い音、低い音。白鍵、黒鍵。問題なかった。

帰ろうとして、気づいた。

椅子が一脚、ピアノの前に出ていた。

片付けて出ようとした、その瞬間。

鍵盤が、鳴った。

振り返った。誰もいない。でも確かに音がした。低いドの音が、一度だけ。

私は出た。鍵を閉めた。廊下を早足で歩いた。

次の週も、また椅子は出ていた。

今度は確認した。ちゃんと片付けてから出た。廊下に出て、鍵をかけて、少しだけ待ってみた。

音楽室の中から、足音がした。

ゆっくりと。一歩、また一歩。

ピアノに近づいていく、その音。

そして低いドが、また一度鳴った。

私はそれから係を替えてもらった。理由は聞かれなかった。

でも今でも、たまに思う。

あの椅子は、誰かが座っていたから出ていたのか。それとも、誰かが座ろうとして、待っていたのか。

#怪談 #学校の怪談 #ホラー #日本語

View entry
5Tuesday

夕方六時を過ぎた頃、校舎はひっそりと静まり返っていた。

合唱部の練習が終わり、部員たちが帰ったあとで、佐藤理沙は音楽室に楽譜を忘れてきたことに気づいた。音楽室は四階にある。取りに行って、帰るだけ。大した話ではなかった。

昇降口から入ると、廊下の電灯はもう落ちていた。窓から差し込む夕暮れの光だけが、床を鈍く照らしている。理沙は自分の靴音だけを聞きながら、階段へ向かった。

一階から二階へ。二階から三階へ。踊り場の蛍光灯が一本点滅していて、そのたびに廊下の影が細かく揺れた。三階の踊り場を過ぎて、さらに上へ。

足が止まった。

目の前に、三階の踊り場があった。

同じ蛍光灯。同じ壁。同じ古びた掲示板。点滅のリズムまで、まるで同じだった。

理沙は苦笑した。ぼんやりしていたのだろう。もう一度、今度は一段ずつ数えながら上った。確かに十三段あった。

また三階だった。

もう一度。また三階。

四度目には数えることをやめた。ただ上へ向かって歩いた。どこかに出口があるはずだと思いながら。

五度目に踊り場に着いたとき、理沙はぼんやりと壁を眺めた。

掲示板に、黄ばんだ紙が一枚、画鋲で留められていた。縦に並んだ名前の列と、その横に書かれた一桁の数字。席替えの名簿だろうか。見るからに古かった。

理沙は無意識に視線を走らせた。

自分の名前があった。

佐藤理沙。

その横の数字は、「3」だった。

理沙は今年この学校に転校してきたばかりだ。この掲示板の紙は、どう見ても数年前のものだった。なぜここに自分の名前があるのか、理沙にはわからなかった。

下に降りようと思った。踵を返して、来た道を戻り始めた。一段、二段、三段と降りた。

踊り場に出た。

三階だった。

理沙は動けなくなった。上も三階、下も三階。

点滅する蛍光灯の下で、掲示板がまた視界に入った。

自分の名前の横の数字が、変わっていた。

「3」が、「2」になっていた。

スマートフォンを取り出した。画面には「圏外」の文字だけが出ていた。

理沙はもう一度だけ、階段を上った。

踊り場に出た。

掲示板を見た。

自分の名前の横は、「1」になっていた。

理沙は紙から目を離せなかった。しばらくそのまま立っていた。

それから、足音が聞こえた。

上からだった。

四階のはずの場所から、ゆっくりと降りてくる足音が。

理沙は、自分の名前から目を離せないまま、その足音が近づいてくるのを聞いていた。

一段。

また一段。

#怪談 #学校の怪談 #ホラー #都市伝説

7Thursday

母が入院してから、私は一人で実家に帰ることが多くなった。

築四十年の一軒家は、夜になると独特の静けさを持つ。風が吹くたびに軋む廊下。壁の中で何かが動くような低い音。電球が切れかけて、ときおりジジッと明滅する台所の照明。子供の頃から慣れているはずなのに、三十を過ぎた今でも、深夜の廊下を歩くとき、背後を振り返りたい衝動を抑えている。

その晩も、仕事の資料を整理しながら遅くまで起きていた。時計が午前二時を指した頃、喉が渇いて台所に向かおうとした。廊下の電気をつけるのが億劫で、スマートフォンのライトを頼りに歩くことにした。

廊下は長い。子供の頃、よく全力で走ったものだ。今は静かに、できるだけ足音を立てないように歩く。板が軋む音が、やけに大きく聞こえた。

洗面所の前を通りかかったとき、扉が少し開いていることに気づいた。

おかしい。家には私しかいない。私が開けた覚えはなかった。

引き返そうかと思いながら、足が止まった。扉の隙間から、古い鏡が見えた。スマートフォンの光が薄く反射して、鏡の中に自分の輪郭が映っている。暗くてぼんやりとしているが、確かに私の影がそこにある。

私は立ち止まった。

鏡の中の私も、立ち止まっていた。

それは当然のことだ。でも、何かがおかしかった。

じっと見ていると、鏡の中の自分が、ゆっくりと首を傾けた。

私は傾けていない。

息を呑んだ。目を凝らす。暗くてよく見えない。見間違いかもしれない。光の加減かもしれない。でも、私の手は微動だにしていなかった。

それは確かに、私とは別に動いていた。

もう一歩踏み込もうとしたとき、スマートフォンの画面が暗くなった。バッテリーが切れたのだ。

真っ暗な廊下で、鏡のあった場所だけが、わずかに白く浮かんでいた。

そこに、何かが立っていた。

こちらを向いていた。

私は全力で自分の部屋に走り込み、明け方まで布団をかぶって過ごした。

翌朝、意を決して洗面所を確認しに行った。鏡は何の変哲もなかった。くすんだ縁、古びた表面。ただの古い鏡だ。でも、表面に指紋のような跡がいくつか残っていた。内側から触ったような形の跡が。

気になって、病院にいる母に電話した。「昨夜、洗面所の扉が開いてたんだけど」と伝えると、母はしばらく黙ってからこう言った。

「あの洗面所、もう十年以上前に鍵をかけたはずよ。鏡に変なものが映るって言われて、怖くなって」

私は廊下に戻り、洗面所の扉を確かめた。

頑丈な南京錠がかかっていた。埃をかぶった、古い南京錠が。

昨夜、私が通った廊下。開きかけていた扉。隙間から見えた鏡。

どこから入ったのか、私にはわからない。

ただ、その夜から、廊下の突き当たりを見ないようにしている。それでも時々、扉の向こうから、かすかな音がするような気がする。

板が軋む音ではない。

何かが、鏡の内側を、指で叩くような音が。

#怪談 #ホラー #鏡 #恐怖

27Wednesday

放課後、廊下の突き当たりに女の子が立っていた。

同じクラスの橘さんだと思った。後ろ姿で、肩までの黒髪、制服の白いブラウスが西日の中にぼんやりと浮かび上がっていた。窓の外では運動部の掛け声が遠く聞こえていたが、廊下の先はひどく静かだった。放課後の旧校舎棟はいつも人が少ない。廊下の蛍光灯が一本だけ切れていて、突き当たりだけが夕暮れの薄明かりに沈んでいた。

「橘さん、もう帰るよ」

声をかけたが、彼女は動かなかった。廊下の先、階段の前に、ただじっと立っていた。返事もなく、振り向きもしない。何を見ているのか。壁には何もなかった。風もないのに、髪が少しだけ揺れた気がした。近づいてみようとしたこともある。でも、近づくたびに距離が縮まらない気がして、途中で止まった。気のせいだと思った。

翌日も、そのまた翌日も、放課後の廊下に白い背中があった。いつも同じ場所。いつも同じ姿勢で、窓のない壁のほうを向いていた。声をかけても振り返らない。近づこうとすると、なぜか足が重くなった。廊下の空気が、そこだけ少し冷たかった。指先がじんとした。

不思議に思いながらも、深く考えなかった。あの子は何か悩みを抱えているのかもしれない、と思っただけだった。

一週間が経った頃、隣の席の子が何気なく言った。「そういえば橘さん、最近全然来てないよね。もう三週間くらいになるかな。先生も何も言わないし、ちょっと心配。LINEも既読にならないし」

胃の底が、冷えた。

三週間。

橘さんは三週間、学校に来ていない。

では、廊下に立っていたあれは、誰だったのか。

放課後、また廊下の突き当たりへ向かった。自分でも、なぜ行くのかわからなかった。薄暗い廊下の先、階段の前に、白いブラウスの背中があった。今日も動かない。今日も、こちらを向かない。

足音を立てないように近づいた。三歩、二歩、一歩。

空気が急に冷えた。

意を決して、名前を呼んだ。

「橘さん」

その瞬間、背中がゆっくりと、本当にゆっくりと、こちらを向こうとした。

私は走った。振り返らずに、ただ走った。鞄も机の上に置いたまま、ローファーの音が廊下に響いた。角を曲がり、階段を駆け下りて、一階の出口まで走り抜けた。外の空気を吸って、ようやく足が止まった。心臓が激しく打っていた。夕日が眩しかった。普通の世界だった。

翌朝、担任が教卓の前に立った。いつもと表情が違った。声も、どこか乾いていた。

「皆さんに報告しなければならないことがあります。橘さんですが、昨夜——」

そこで担任は言葉を止めた。

教室が、しんと静まり返った。誰かが息をのむ音が聞こえた。窓の外では、今日も普通に風が吹いていた。校庭の木の葉が揺れていた。何も知らないふうに。

私は前を向いたまま、何も考えないようにした。

その日の放課後、廊下の突き当たりには誰もいなかった。

ほっとしながら昇降口へ向かおうとしたとき、ふと窓ガラスに目が入った。

廊下が映っていた。

ガラスの中の廊下、その突き当たりに、白い背中があった。

背中が、ゆっくりと振り返った。

窓ガラスの中だけで、目が合った。

その顔は笑っていた。

口だけが、笑っていた。

それから毎日、放課後になると、窓ガラスに映る廊下を見ないようにしている。

でも昨日から、窓ガラスがなくても、見えるような気がしている。

#怪談 #ホラー #学校の怪談 #恐怖

View entry
View entry
View entry