階段の踊り場で、彼女は毎日待っている。
通学路の途中にある古い団地。昭和四十年代の建物で、住人のほとんどは高齢者だ。エレベーターはなく、薄暗い階段を上らなければならない。
私が毎朝その前を通るのは八時半。彼女がベランダに現れるのも、いつも同じ時間だ。
三階の踊り場から見える位置。白いワンピースを着た女の子。年齢は七、八歳くらいだろうか。長い黒髪を結わず垂らして、じっとこちらを見ている。
最初は気にも留めなかった。ただの住人の子供だと思っていた。
でも、ある日気づいた。彼女は一度も瞬きをしない。
それからというもの、彼女の存在が気になって仕方なくなった。毎朝同じ場所、同じ時間、同じ姿勢。まるで写真を見ているようだった。
ある雨の日、傘を差しながら団地の前を通りかかった。いつものように三階を見上げる。
彼女はいた。雨に濡れながら、ベランダに立っている。
白いワンピースが雨で透けている。でも、おかしい。髪も服も、濡れているのにまったく動かない。風に揺れない。重力に従わない。
私は立ち止まった。
彼女がゆっくりと手を上げた。こちらに向かって、手招きをしている。
来て、と口が動いた。声は聞こえなかったけれど、確かにそう言った。
私は走って逃げた。
翌朝、いつもの時間に団地の前を通る。もう見上げないと決めていた。視線を下に向けたまま、足早に通り過ぎようとした。
その時、すぐ隣で声がした。
「どうして、逃げたの?」
振り向くと、白いワンピースの女の子が立っていた。濡れた長い髪が、私の肩に触れた。
冷たかった。氷のように。
「ずっと、待ってたのに」
彼女の瞳には何も映っていなかった。黒い、深い穴があるだけだった。
気づけば私は三階の踊り場にいた。いつの間にか階段を上っていたらしい。
ベランダの向こうに、下を歩く人々が見える。みんな急いでどこかへ向かっている。
誰も上を見ない。誰も気づかない。
私はベランダに立って、通り過ぎる人たちを見ている。
白いワンピースが風に揺れない。髪が重力に従わない。
次は誰だろう。
毎朝八時半、私は待っている。
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