あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
Private by default — share only the days you choose.
No comments yet. Be the first to comment!
Sign in to leave a comment.
あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
夜の十一時を過ぎた頃、私は駅のホームに一人立っていた。 終電まであと十分。蛍光灯がひとつ、ゆっくりと明滅していた。 反対側のホームに、女が立っていた。
夏の終わり、田中みずきは終電に乗り損ねた。 駅から家まで、歩いて二十分。慣れた道だ。でも、こんな時間に歩くのは初めてだった。 街灯の光が、アスファルトに細長い影を作る。みずきの後ろに、みずきの影が伸び...
その夜、残業を終えて会社を出たのは、もう零時を過ぎた頃だった。 駅まで続く商店街は人気ひとけがなく、シャッターの並ぶ通りに自分の足音だけが響いていた。信号が変わるたびに立ち止まる。赤、青、赤、青。誰も...
去年の夏、友人の佐和子から聞いた話だ。 彼女は高校三年の受験生で、その日も図書室で夜遅くまで勉強していた。消灯時間の少し前、トイレに立った。廊下には誰もいない。自分の足音だけが、磨き込まれた床に長く響...
雨上がりの帰り道、いつも同じ水溜まりがある。商店街の角を曲がったところ、少し窪んだアスファルトに溜まる浅い水。
最初に気づいたのは先週の木曜日だった。
水溜まりを跨ぐとき、何気なく見下ろした。そこに映っているのは曇り空と私の姿。でも、一瞬だけ、私の隣に誰かが立っていた気がした。
振り返っても誰もいない。疲れているのだろうと思った。
翌日も雨が降った。同じ場所に同じ水溜まり。今度は意識して見下ろした。空、街灯、そして私。今度は何もない。やはり気のせいだったのだ。
でも、三歩ほど歩いたところで、背筋に冷たいものが走った。見てはいけなかった。
その日から、水溜まりを避けるようになった。大回りして通る。でも雨の日は水溜まりだらけで、全部を避けることはできない。
今朝、洗面所で顔を洗っていたとき、ふと鏡を見た。水滴が鏡を伝っている。その向こうに映る私の顔。そして、肩越しに、誰かが立っていた。
振り返る。誰もいない。
でも鏡の中では、その人はまだそこにいて、じっとこちらを見ていた。
水が反射するものすべてに、あの人は映り込む。窓ガラス、スマートフォンの画面、コップに注いだ水。いつも私のすぐ後ろに。
誰なのか、何を望んでいるのか、わからない。
ただ一つだけわかるのは、あの人は日に日に近づいているということ。
最初は背後の遠く。次は肩越し。今朝は、手を伸ばせば触れられるほどの距離。
今夜も雨だ。部屋の窓に雨粒が流れている。
その向こうに映る私の姿。そして、もう隣に並んで立っている、あの人の顔。
今度初めて、その表情がはっきりと見えた。
それは私自身の顔だった。ただし、口元だけが違う。不自然なほど大きく、歪んで、笑っていた。
明日、鏡を見たとき、どちらが本物の私なのかわからなくなるような気がする。
#怪談 #ホラー #都市伝説 #水鏡