あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
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あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
夜の十一時を過ぎた頃、私は駅のホームに一人立っていた。 終電まであと十分。蛍光灯がひとつ、ゆっくりと明滅していた。 反対側のホームに、女が立っていた。
夏の終わり、田中みずきは終電に乗り損ねた。 駅から家まで、歩いて二十分。慣れた道だ。でも、こんな時間に歩くのは初めてだった。 街灯の光が、アスファルトに細長い影を作る。みずきの後ろに、みずきの影が伸び...
その夜、残業を終えて会社を出たのは、もう零時を過ぎた頃だった。 駅まで続く商店街は人気ひとけがなく、シャッターの並ぶ通りに自分の足音だけが響いていた。信号が変わるたびに立ち止まる。赤、青、赤、青。誰も...
去年の夏、友人の佐和子から聞いた話だ。 彼女は高校三年の受験生で、その日も図書室で夜遅くまで勉強していた。消灯時間の少し前、トイレに立った。廊下には誰もいない。自分の足音だけが、磨き込まれた床に長く響...
最近、アパートの四階に引っ越してきた。古い建物だが、家賃が安く、駅からも近い。
初めて気づいたのは、三日目の夜だった。
廊下を歩いていると、隣の部屋——402号室——のドアの隙間から、微かに光が漏れている。ドアノブのすぐ下、ほんの数センチの隙間。誰かが中にいるのだろうと思い、気にせず自分の部屋に入った。
翌日の夜も、同じ隙間から光が漏れていた。その翌日も。
一週間が過ぎた頃、管理人に尋ねてみた。
「402号室には、どなたがお住まいですか」
管理人は不思議そうな顔をした。
「402? あそこは三年前から空室ですよ」
鍵の確認もした。確かに入居者はいない。では、あの光は何だったのか。
その夜、私は廊下で待った。
午後十時を過ぎた頃、402号室のドアの隙間から、またあの光が漏れ始めた。ゆっくりと、まるで誰かがドアの向こうで蝋燭を持って近づいてくるように。
私は膝をついて、隙間から中を覗き込んだ。
畳の部屋。古い蛍光灯。そして——
部屋の奥に、誰かが座っている。
背中だけが見える。長い黒髪。白い寝間着。動かない。
私が息を呑んだ瞬間、その人物がゆっくりと振り返り始めた。
私は立ち上がり、自分の部屋に駆け込んだ。鍵をかけ、息を整える。
翌朝、もう一度402号室の前に立った。ドアノブを掴む。鍵はかかっているはずだが——
ドアが開いた。
中は空っぽだった。畳も、蛍光灯も、何もない。コンクリートの床と、剥がれかけた壁紙だけ。
でも、部屋の奥に、小さな水たまりがあった。
誰かが座っていた場所に。
その水たまりは、まだ少し温かかった。
私はそれ以来、夜に廊下を歩かないようにしている。でも時々、ドアの向こうから、水の滴る音が聞こえる。
ぽた、ぽた、と。
まるで誰かが、ずっと待っているように。
#怪談 #ホラー #都市伝説 #水の恐怖