あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
Private by default — share only the days you choose.
No comments yet. Be the first to comment!
Sign in to leave a comment.
あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
夜の十一時を過ぎた頃、私は駅のホームに一人立っていた。 終電まであと十分。蛍光灯がひとつ、ゆっくりと明滅していた。 反対側のホームに、女が立っていた。
夏の終わり、田中みずきは終電に乗り損ねた。 駅から家まで、歩いて二十分。慣れた道だ。でも、こんな時間に歩くのは初めてだった。 街灯の光が、アスファルトに細長い影を作る。みずきの後ろに、みずきの影が伸び...
その夜、残業を終えて会社を出たのは、もう零時を過ぎた頃だった。 駅まで続く商店街は人気ひとけがなく、シャッターの並ぶ通りに自分の足音だけが響いていた。信号が変わるたびに立ち止まる。赤、青、赤、青。誰も...
去年の夏、友人の佐和子から聞いた話だ。 彼女は高校三年の受験生で、その日も図書室で夜遅くまで勉強していた。消灯時間の少し前、トイレに立った。廊下には誰もいない。自分の足音だけが、磨き込まれた床に長く響...
梅雨の合間、雨が止んだ夜のことだ。
友人の真奈から電話があったのは、午後十一時を少し回った頃だった。声が妙に平坦で、「鏡を見てはいけない」とだけ言った。それだけ言って、電話は切れた。
冗談だろう、と思いながらも、私はその夜、洗面台の鏡に布をかけた。
翌朝、真奈に折り返すと、番号は使われていないというアナウンスが流れた。確かめようと彼女の家まで行くと、表札は外されていた。隣の老婦人が言うには、「あそこには十年前から誰も住んでいない」と。
しかし私は、去年の春、その家でお茶を飲んだ記憶がある。
気になって、古いスマートフォンの写真フォルダを遡った。真奈と映った写真を探したが、見つからない。あるはずの写真が、ない。ただ、何枚かの写真の端に、見覚えのない女性の輪郭が写り込んでいることに気がついた。
ぼんやりとした、笑っているような輪郭。
昨夜かけた布を外そうと洗面台に向かったとき、私は気づいた。布の表面が、内側から押されるように、微かに膨らんでいた。
私は布を外さなかった。
今もそのままにしてある。ときどき夜中に、洗面台の方角から、水が流れるような音がする。蛇口は閉まっている。確認しに行くたびに、布はそのままだ。
ただ、少しずつ、濡れてきている気がする。
真奈が何を見たのか、私にはわからない。なぜ彼女が私に電話をしてきたのかも。ただひとつ確かなのは、鏡というものは、こちら側の世界だけを映しているわけではない、ということだ。
そして、向こう側にいるものも、同じようにこちらを見ているのかもしれない。
#怪談 #ホラー #都市伝説 #日本語