あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
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あの夜、取材に行くべきではなかった。 友人の紹介で連絡してきた女性は、「絶対に本物の話です」と繰り返した。場所は閉校になって三年が経つ廃小学校。話の内容は、「音楽室の鏡」についてだった。 彼女の話によ...
夜の十一時を過ぎた頃、私は駅のホームに一人立っていた。 終電まであと十分。蛍光灯がひとつ、ゆっくりと明滅していた。 反対側のホームに、女が立っていた。
夏の終わり、田中みずきは終電に乗り損ねた。 駅から家まで、歩いて二十分。慣れた道だ。でも、こんな時間に歩くのは初めてだった。 街灯の光が、アスファルトに細長い影を作る。みずきの後ろに、みずきの影が伸び...
その夜、残業を終えて会社を出たのは、もう零時を過ぎた頃だった。 駅まで続く商店街は人気ひとけがなく、シャッターの並ぶ通りに自分の足音だけが響いていた。信号が変わるたびに立ち止まる。赤、青、赤、青。誰も...
去年の夏、友人の佐和子から聞いた話だ。 彼女は高校三年の受験生で、その日も図書室で夜遅くまで勉強していた。消灯時間の少し前、トイレに立った。廊下には誰もいない。自分の足音だけが、磨き込まれた床に長く響...
深夜、アパートの水道から聞こえる音で目が覚めた。
ぽた、ぽた、ぽた。
規則正しい滴りの音。蛇口はしっかり閉めたはずなのに。仕方なく起き上がり、台所へ向かう。月明かりだけが頼りだった。
蛇口は完全に閉まっていた。でも音は止まない。
ぽた、ぽた、ぽた。
よく聞くと、音は流し台からではなく、上から聞こえてくる。天井を見上げると、古いシミが広がっていた。前からあっただろうか。記憶にない。
翌日、大家さんに相談した。「上の部屋は空き部屋ですよ」と言われた。半年以上、誰も住んでいないらしい。水道も止めてあるという。
それでも夜になると、あの音が聞こえる。
ぽた、ぽた、ぽた。
三日目の夜、我慢できなくなって上の階へ行った。ドアの前に立つと、隙間から水が染み出していた。黒ずんだ水。異臭がする。
ドアノブに手をかけようとして、やめた。
何か——何かが中にいる。水の音に混じって、別の音が聞こえた気がした。呼吸音。いや、もっと湿った、ずるずると這いずる音。
私は階段を駆け下りた。
翌朝、大家さんが合鍵で上の部屋を開けた。部屋は乾いていて、何の異常もなかった。水道の痕跡もない。「気のせいでしょう」と笑われた。
でも今夜も、音は聞こえている。
ぽた、ぽた、ぽた。
そして昨夜から、天井のシミが少しずつ、大きくなっている。中心部に、何かの形が浮かび上がってきた。人の顔のような、手のような——。
私はもう、上を見ないようにしている。見てはいけない。そう直感が告げている。
だが音は止まない。今夜はもっと近くで聞こえる。まるで、天井の真裏に何かが張り付いているかのように。
#怪談 #ホラー #都市伝説 #水