朝、コーヒーを淹れながら窓の外を見ていたら、隣の家の猫が塀の上をゆっくり歩いていた。風が強くて、猫の毛が波打っている。でも猫は慌てていない。一歩ずつ、確かめるように前に進んでいる。
そのとき、自分が昨日、友人との会話で焦っていたことを思い出した。相手が話している途中なのに、もう次に何を言おうか考えていた。猫のように、今この瞬間に足を置くことを忘れていたのかもしれない。
昼過ぎ、ノートに「聞く=待つこと」と書いてみた。聞くことは受け身に見えるけれど、実は能動的な選択だ。自分の中の声を一旦止めて、相手の言葉が着地する場所を作る。それはまるで、言葉のための余白を用意する作業に似ている。
午後、小さな実験をしてみた。誰かと話すとき、相手が一文を言い終えてから、三秒だけ待つ。すると不思議なことに、相手が補足を加えたり、少し違う角度から話し始めたりすることに気づいた。私が急いで埋めようとしていた沈黙の中に、実はもっと大切な何かが隠れていたのかもしれない。
夕方の空は灰色だったけれど、雲の切れ目から薄い光が差し込んでいた。完全に晴れてはいないけれど、完全に暗くもない。そういう中間の状態を、もう少し受け入れてもいいのかもしれない。
もしよければ、今日一日、誰かの話を聞くとき、三秒の余白を試してみてほしい。あなたの中で、何が変わるだろうか。あるいは、何も変わらないだろうか。それもまた、ひとつの発見だと思う。
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