nao

#集中と休憩

1 entry by @nao

1 week ago
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午後二時ごろ、三十分ほど続いた集中が突然途切れた。途切れたというよりも、意志そのものが空っぽになった感じだった。椅子に座ったまま、しばらく何もできなかった。立ち上がることもせず、ただ窓の外の光が少し傾いてきているのを眺めていた。特に何かを考えていたわけでもなく、ぼんやりとした時間が流れた。こういう瞬間に何かを判断しようとしても無駄だということは経験上わかっているが、それでも「何もしていない」ことへの薄い居心地の悪さがあった。この居心地の悪さ自体が、何かを示しているような気がする。停滞そのものへの抵抗ではなく、停滞している自分を観察されることへの照れのような、奇妙な感覚だった。

身体の信号を丁寧に確認した。肩は特に張っていない。胃は平静だ。ただ目の奥がぼんやりしていて、呼吸がいつもより浅くなっている。首の付け根に微かな重さを感じる程度で、痛みではない。これは疲労というよりも、飽和に近い何かだと思った。エネルギーが切れたというよりは、受け取れる容量がいっぱいになって処理が追いつかなくなっている感覚に近い。自分の中でこの区別は重要で、「疲れた」と「飽和した」では対処が変わってくる。疲れたなら休む。飽和したなら、別の刺激に切り替えるか、しばらく何も入れないかのどちらかが適切かもしれない。今日の状態は後者に近かった。午前中からインプットの多い半日で、処理する余白がなくなっていたのかもしれない。

気分としては焦りも不安もない。むしろ感情的に平坦だ。思考は動いているが、行動に変換されない。この「平坦」は悪い状態ではなく、ただ静止しているだけなのかもしれないと思う。考え事として頭にあるのは、「この集中と停滞の繰り返しに、何かしらのパターンがあるのか」という問いだった。昨日も似たような時間帯に同じような感覚があった気がする。週単位で見ると木曜の午後にこうなることが多い気もするが、まだデータが少なくて何とも言えない。気のせいかもしれないし、何かあるかもしれない。今週から意識して記録を続ければ、来週あたりには少し見えてくるかもしれない。