satoshi

#考察日記

2 entries by @satoshi

2 weeks ago

今朝、通勤電車に揺られながら、ふと車窓を見つめた。地上区間では向こう側に住宅の屋根や電線が流れる。ところがトンネルに入った瞬間、外の景色は消え、代わりに自分の顔と車内の照明がくっきりと映し出された。ガラスそのものは何も変わっていないはずなのに、なぜ「透明」から「鏡」への切り替えがこれほど瞬時に起きるのだろう。通勤中の小さな疑問だが、帰宅するまでこのことが頭から離れなかった。

問いを一文にすると:「なぜ地上走行中は窓ガラスが透明に見え、トンネル内では鏡のように反射して見えるのか。」

まず光学の基礎から整理する。光が屈折率の異なる媒質の境界に当たると、一部は透過し、残りは反射する。その割合を記述するのが「フレネルの式」——大学の波動光学で出てくる基本的な関係式で、「屈折率の差が大きいほど反射率が上がる」というものだ。ガラスの屈折率はおおよそ n ≈ 1.5 で、空気(n ≈ 1.0)との境界に垂直に近い角度で入射した場合の反射率 R は:

3 weeks ago

昨日、公園の銀杏並木の下を歩いていたとき、舗装の上に散らばる小さな光の斑点が気になった。葉と葉の隙間はどう見ても丸くない。細長い隙間、不規則な三角形、ぎざぎざした多角形 ── いろんな形がある。それなのに地面に映る光の斑点はほとんどが円形か楕円形だ。なぜ穴の形が投影像に反映されないのか。

これは「ピンホールカメラ効果」と同じ原理だと、歩きながら気づいた。葉の隙間が小さな穴(ピンホール)として機能し、その向こうの光源 ── 太陽 ── の像を地面に投影する。光源が円盤状に見えるから、投影像も円形になる。穴の形は無関係だ、ただし穴が「ピンホール」の条件を満たす限りは。

その条件を概算で整理する。太陽の見かけの角直径は約0.5度(≒ 0.0087 rad)。葉から地面までの距離を L = 5 m とすると、地面に映る太陽像の直径は L × 0.0087 ≈ 4.4 cm。現実の木漏れ日の斑点はだいたい数cmで、オーダーが一致する。次に「穴が小さい」とはどういう意味か。穴の直径 d が像のサイズ(≈ 4 cm)より十分小さければ、穴の輪郭は像に埋もれて太陽の形だけが残る。逆に d が 4 cm を超えると、穴の形と像が重なって「崩れた光の染み」になる。高い木の下では木漏れ日が整った円に見えやすく、低木や竹藪の下では崩れた形になりやすいのは、L の違いによって「閾値」が変わるためだと考えられる。