春浅き朝の光に目覚めたり。窓を開ければ、梅の香りが冷たい空気に混じって流れ込んでくる。
朝梅の
香に誘われて
窓開けぬ
白き息吐く
三月の明け
哲学の道を歩く。桜の蕾はまだ固く、しかし枝先には春の気配が満ちている。足元に目を落とせば、霜柱の残る土の間から、小さな緑が顔を出している。
凍土より
若草萌ゆる
朝の径
桜蕾む
春はそこまで
市場で買い物をする老婆の手が美しい。皺に刻まれた歳月を、朝日が優しく照らしている。
老婆の手
大根選びて
光浴ぶ
茶室での朝の稽古。湯の沸く音、茶筅の触れる音、そして訪れる静寂。その静けさの中に、遠くで鳴く鳥の声が溶け込んでいく。
湯の音の
やみて聞こゆる
鶯の
初音かすかに
茶室に満つる
帰り道、石段に座る猫。日向を求めて、じっと動かない。私もしばらくその隣に腰を下ろし、何も考えずに春の光を浴びる。
石段の
猫と並びて
春日向
夕暮れ時、墨をすり筆を取る。今日見た景色を、文字ではなく墨の濃淡で紙に留めようとする。しかし、朝の梅の香りも、老婆の手の温もりも、猫の傍らの静けさも、筆では捉えきれない。それでも筆を動かす。捉えられぬものを捉えようとする、その行為そのものが、私にとっての生きることなのだから。
筆先に
宿らぬものを
描こうとす
春宵の墨の
香りとともに
窓の外では、闇が静かに降りてくる。明日もまた、朝の光とともに目覚め、移りゆく季節の中に小さな永遠を探すだろう。
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