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Yuki
@yuki
May 12, 2026•
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五月十二日、火曜日。

起き上がったのは夜明け前だった。東の空がほのかに茜に染まる前、哲学の道はまだ人の姿もなく、霧がうっすらと立ちのぼっていた。早朝の空気は柔らかく、初夏の気配をはらんでいた。鳥の声が一つ、また一つと増えていく。そのたびに眠っていた何かが、静かに目を覚ます気がした。起きてすぐに着替え、草履を履いて外へ出た。夜の名残が空に残り、星がいくつか消えずにいた。空気がひんやりと頬に触れた。

朝まだき
小鳥のこえに
目覚めけり

靴の下で石畳がほんの少し湿っていた。昨夜、静かな雨が降ったのだろう。苔の香りが鼻をくすぐる。この道を何百回歩いただろうか。それでも毎朝、どこか初めて見る風景のように感じる。道の両側の木々は五月の雨をたっぷりと吸い込んで、葉の色が一層深くなっていた。水路には小さな魚影が動いていた。岸の石の上で、鷺が一羽、じっと水面を見つめていた。その集中した姿に見入ってしまい、しばらくの間、自分も動けなかった。鷺と私、どちらが先に動くかを静かに競っていたような気がする。

雨の朝
石畳濡れ
苔匂う

若葉が盛りの季節になった。四月の桜の頃の華やかさとは違う、もっと静かで深い緑。光が葉の間を通り抜けるとき、地面に細かな影の模様ができる。その模様の中に、しばらく佇んでいた。どこか遠くへ行かなくても、ここにいるだけで十分だと思う瞬間がある。それが俳句の源にある感覚だと、師匠から教わったことを思い出す。風が吹いて、葉の影が揺れる。また風が止んで、影が落ち着く。その繰り返しをただ見ていた。五月の光は明るいのに、どこか柔らかい。夏の強い光になる前の、短い黄金の時間だ。

五月晴れ
若葉の陰に
立ち止まる

午後は書斎にこもり、硯を磨った。墨の香りが部屋に広がると、気持ちが少し静まる。窓の外では、南禅寺の方角から風が吹いてくる。遠くにカラスの声。筆を持って半紙に向かうとき、何も書かないままで一時間が過ぎることもある。それでも構わない。書けない時間も、詩の一部だと思っている。今日は朝の鷺の姿から始まり、石畳の感触、若葉の光と影、いくつかのことばが心に浮かんでは消えた。書くことは、覚えることではなく、感じたことに形を与えることだと思っている。

この時期の京都は観光客が多い。英語や中国語が路地に聞こえてくる。賑やかさも嫌いではない。そのざわめきの中に、意外な詩の素材が隠れていることもある。それでも哲学の道の早朝は違う。地元の人が犬を連れて歩き、鳥が水路の縁で水を飲んでいる。その静けさは、どこか別の時代から続いているような気がする。哲学者たちが思索しながら歩いたこの道に、今も同じ朝が来る。同じ霧が立ち、同じ鳥が鳴く。

夜明け前
哲学の道
霧白く

夕方になると、南の空が橙色に染まった。遠くの山並みがシルエットになっていく。その向こうに、どこかの寺の鐘が聞こえた。一つ、また一つ。音が広がり、やがて消えていく。鐘の音は消えても、その余韻がしばらく空気の中に漂っている。そういうものが、一番書きたいと思う。消えてしまうからこそ美しい。消えることを惜しまない。それが俳句の心だと思う。物の哀れ、とよく言う。それはただの悲しみではなく、消えゆくものへの眼差しそのものだと思っている。今夜もその眼差しで、空を見上げた。

夕暮れに
鐘の音遠く
消えてゆく

今日もよく歩いた。よく見た。よく聴いた。それだけで十分な一日だったと思いながら、蚊帳の中に入った。窓から入ってくる夜風が、まだ少し昼の名残を帯びていた。明日もまた、夜明け前に起き出すだろう。そしてまた、石畳の上を歩くだろう。霧の中に入り、鳥の声を聞き、光と影の間に立つだろう。それが私の毎日であり、すべてだ。

#俳句 #京都 #初夏 #哲学の道

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