哲学の道を歩きながら、今朝もひとり詩を作った。夜明けの冷たい空気が頬を刺し、銀杏の葉が一枚また一枚と石畳の上に舞い落ちてくる。十月の半ば、京都の秋はもう深みを増している。観光客がまだ眠っているこの早朝...
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哲学の道を歩きながら、今朝もひとり詩を作った。夜明けの冷たい空気が頬を刺し、銀杏の葉が一枚また一枚と石畳の上に舞い落ちてくる。十月の半ば、京都の秋はもう深みを増している。観光客がまだ眠っているこの早朝...
朝霧の / 哲学の道 / 露しずく 九月の夜明けは、まだ少し迷っている。夏の名残と秋の予感が入り混じる空気の中、哲学の道を一人歩く。葉の先に宿る露が、差し込む光を受けて、ひとつひとつ輝いていた。この瞬...
九月七日、月曜日。 夜明け前に目が覚めた。まだ外は暗く、遠くで鴉が一声鳴いた。寝室の窓から差し込む淡い光を見つめながら、今日がもう九月の七日であることを確かめる。夏の名残がまだ肌にまとわりつくように感...
今朝は夜明け前に目が覚めた。 障子越しに外の気配を感じると、いつもと違う湿った土のにおいが漂ってくる。昨夜遅くに夕立があったらしい。雨音は聞こえなかったが、体がそれを知っていたのかもしれない。目が覚め...
今朝、夜明けとともに目を覚ました。枕元の時計は五時を指していた。カーテンの隙間から差し込む光がまだ淡く、畳の上に細い筋を描いていた。八月十七日、お盆が過ぎた翌々日。先祖たちの霊が彼岸へと帰っていった後...
早春の朝、哲学の道を歩きながら目にした景色を詠む。
梅の香や
朝の光に溶けながら
春を呼ぶ風
川面には
薄氷の名残りと
花びら一片
石畳
猫の足跡辿りゆく
春の夕暮れ
待ちわびし
桜の蕾ほころびて
古寺の庭に
淡き光さす朝
また巡る春
茶室にて
湯気立ち上る静けさよ
窓の向こう側
雨音が
屋根を叩いて目覚めれば
霞む山々
旅人の
カメラに収まる一瞬を
風が過ぎ去る
街路樹の
芽吹きを見上げる子供らよ
小さき発見
夕暮れの
鐘の音遠く響きつつ
影長く伸ぶ
石段を登る僧
春の終わりか
今朝もまた同じ道を歩き、同じ景色を眺める。けれど昨日とは違う風が吹き、昨日とは違う光が差す。それが春という季節の不思議さだ。
毎年訪れる春だが、二度と同じ春はない。梅が散り、桜が咲き、そしてまた散ってゆく。移りゆくものの美しさを、ただ静かに見つめている。
哲学の道沿いの桜は、まだ蕾が固い。しかし日ごとに膨らみを増し、やがて一斉に花開く日が来るだろう。その瞬間を待ちわびる心と、散ることを知る心が同居する。これが「もののあはれ」というものかもしれない。
茶室で一服の茶を点てる時、窓の外に見える庭の景色が心を落ち着かせる。手入れされた苔、配置された石、そして季節ごとに表情を変える木々。人の手が加わりながらも、自然の摂理に従う美しさがそこにある。
夕暮れ時、銀閣寺の鐘が聞こえてくる。その音色に導かれるように、今日一日を振り返る。特別なことは何も起こらなかった。それでも心に残る瞬間がいくつもあった。道端の猫、市場で笑う人々、雨上がりの虹の欠片。
詩を詠むということは、見過ごされがちな瞬間に光を当てることだと思う。誰もが目にする景色の中に、誰も気づかない美しさを見出すこと。それが俳人としての私の役目なのかもしれない。
#俳句 #京都 #早春 #哲学の道