朝から肌寒い雨が降り続いていて、何となく身体が温かいものを欲していた。冷蔵庫を開けると、昨日買った鶏もも肉と、しなびかけた長ネギが目に入る。そうだ、今日は水炊きにしよう。シンプルな料理ほど、素材の良し悪しが如実に出るから少し緊張する。
鍋に水を張り、昆布を一晩浸けておけばよかったと後悔しながらも、そのまま火にかけた。鶏肉は一口大に切り、軽く塩を振る。沸騰直前に昆布を引き上げ、鶏肉を入れると、じわじわと表面が白く変わっていく。アクを丁寧にすくいながら、立ち上る湯気の香りに包まれる。鶏の脂が溶け出して、ほんのり甘い匂いが部屋に広がった。
「ああ、この匂い」と思わず声が出た。祖母の家で食べた水炊きを思い出す。あの時も雨の日だった。祖母は「寒い日はこれが一番」と言いながら、ポン酢に柚子胡椒を溶いてくれた。私はその時、柚子胡椒の辛さが苦手で顔をしかめたけれど、今ではあの香りと刺激が恋しい。
長ネギを斜めに切り、白菜、椎茸、豆腐を加える。具材が踊るように煮えてきたら、火を弱めてしばらく待つ。この待つ時間が、実は一番好きかもしれない。何もせず、ただ鍋を眺めて、湯気の向こうに浮かぶ記憶に身を任せる。
小皿にポン酢を注ぎ、柚子胡椒を少しだけ溶かした。最初の一口、鶏肉を頬張ると、柔らかな食感と染み出る出汁の旨味が口いっぱいに広がる。ポン酢の酸味と柚子胡椒のピリッとした刺激が、疲れた身体をほどいてくれる。白菜は甘く、椎茸は香り高く、豆腉はつるりと喉を通る。ああ、やっぱりシンプルが一番だ。
食べ終わった後、身体の芯まで温まって、少しだけ眠くなった。窓の外はまだ雨が降っている。でも、心は晴れやかだ。こんな日は、温かいものを食べて、ゆっくり過ごすのが正解なのだと改めて思う。
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