換気扇をかけた台所に、朝から湿った空気が入り込んでいる。七月の世田谷は梅雨が明けてからも蒸し暑さが続いていて、窓を開けても風がほとんど動かない。冷蔵庫の野菜室を開けると、昨夜仕込んだ鰹だしの香りがふわりと漂い、その奥に南紀産の小ぶりなすが二本、静かに転がっていた。昨日の朝から使うつもりで買ったのに、皮の艶がよくて触るのを惜しんでいた。今日の昼はこれで作ろうと決める。
土曜の午前中、商店街の吉田青果に少し早めに寄った。店先には夏野菜が箱ごと積まれていた。ゴーヤ、オクラ、とうもろこし、そして今日のなす。顔なじみのおばちゃんが「今日のなすは朝取りだよ。皮が薄いから短時間で火が通る。早めに使ってね」と声をかけてくれた。受け取ると、ずっしりとした水分の重さが指先に伝わってくる。藍紫の皮は艶よりも質感に存在感があり、ひんやりと冷たかった。七月に入ってから急に湿度が上がって、なすの水分量がいっそう増した気がする。旬の野菜は、店先での会話ごと味がすると最近よく思う。帰り道、すだちと枝豆を少し買い足した。
なすを縦半分に切り、断面に格子状の隠し包丁を細かく入れる。切り目を入れると火の通りが早まり、油が染み込みやすくなる。ごま油を薄くひいたフライパンに切り口を下にして並べ、中火で焼き始めた。ところがスマホの通知に気を取られて、うっかり強火のまましばらく放置してしまった。気づいたとき、端の皮が少し焦げ始めていた。慌てて火を落とし、鰹だしと薄口しょうゆを合わせた煮汁を大さじ一ほど加えてから蓋をし、弱火で二分ほど蒸らした。失敗だと思ったが、蓋を取ってみると焦げた部分がほろりとほどけていた。強火で先に旨みを閉じ込めたようになったのかもしれない。