鍋の縁でバターがしゅわっと細かく泡立った瞬間、台所にうっすら甘い香りが満ちた。五月に入ったばかりなのに、もう夏の気配を帯びたような蒸し暑い夕方だった。換気扇を最大にして窓を細く開けても、熱気が世田谷の一室に残っている。それでも火の前に立つと、なぜか思ったより気持ちが落ち着いた。夕方の台所はいつも、少しだけ自分のペースに戻れる場所だ。
今日の帰り道、商店街の八百屋に立ち寄ったら、静岡産の新玉ねぎが店先に並んでいた。「甘いよ、今が一番。やわらかいから生でもいけるよ」とおじさんが言うので、予定より一個多く手に取ってしまった。袋を提げて帰り、台所で皮を剥くと、白く透き通っていて、指先に薄い水分が残る。包丁を当てるとシャクッと折れて、奥から青くやわらかい香りが立ちのぼった。その香りは一瞬で消えてしまうもので、だから急いで切り進める。まな板の上に、薄い月の形がたくさん並んだ。
今日はこれだけで一皿にしようと決めた。