朝、窓を開けると春の匂いが部屋に流れ込んできた。土の湿り気と、まだ冷たい空気が混ざり合う、この季節特有の匂いだ。ふと、平安時代の日記文学を思い出した。清少納言も紫式部も、季節の移ろいを細やかに記録していた。彼女たちにとって日記は、単なる記録ではなく、時間の流れを捉える一つの方法だったのだろう。
午後、図書館で『方丈記』を読み返していた。鴨長明が書いたあの冒頭の一節——「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。何度読んでも、その普遍性に驚かされる。800年以上前に書かれた文章が、今日の私の心にもこんなにも響くのは不思議だ。長明は動乱の時代を生き、災害や飢饉を目の当たりにした。それでも彼は、移ろいゆくものの中に一種の美しさを見出していた。
帰り道、いつも通る商店街の古本屋が閉店していることに気づいた。先週まで確かにあったのに。店主のおじいさんとは何度か世間話をしたことがある。歴史書が好きで、よく「昔の人は賢かったよ」と笑いながら話してくれた。また一つ、街の記憶が消えていく。私たちは歴史を学びながら、同時に歴史を作っている。その重みを、今日改めて感じた。