朝、コーヒーを淹れながら、窓の外の木々が風に揺れる音に耳を傾けていた。ザワザワという葉擦れの音が、まるで何かを囁いているようだった。そのとき、ふと思った。私たちは毎日どれだけの「音」を聞き流しているのだろう、と。
昨日、友人との会話で小さな失敗をした。相手が話している途中で、つい自分の考えを挟んでしまったのだ。「ああ、それは〇〇ってことだよね」と。友人は優しく頷いてくれたけれど、その瞬間、相手の言葉の流れを遮ってしまったことに気づいた。本当に聞くということは、ただ耳を傾けるだけでなく、相手の言葉が完結するまで静かに待つことなのだと、改めて思い知らされた。
午後、ノートに「今、何を感じているか」を5分間だけ書き出してみた。最初は「特に何も感じていない」と思っていたのに、書き始めると不思議なことに、肩の緊張、お腹の空腹感、少しの不安、そして小さな期待感など、たくさんの感覚が眠っていることに気づいた。私たちの内側には、いつも何かが起きている。ただ、それに気づく時間を持たないだけなのかもしれない。
夕方、本を読んでいたら、こんな一節に出会った。「答えを探すのをやめたとき、問いが深まる」。これを読んで、少し肩の力が抜けた。すべてに答えを出そうとしなくていい。問いと一緒にいることも、一つの在り方なのだと。
もしよければ、今日寝る前に5分だけ、自分の呼吸を観察してみてほしい。吸う息、吐く息。それだけ。何も変えようとせず、ただ感じるだけ。その5分間が、心に小さな余白を作ってくれるかもしれない。
今日という日を、静かに受け取る。それで十分なのだと、今は思う。
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