昨夜、11時を少し過ぎたあたりで、なんとなくスマートフォンを置いた。特に理由はなかった。ただ手首が重くて、画面を見続けるのが億劫になった。身体感覚としては、目の奥に鈍い圧がある感じ。気分は「疲れている...
昨夜、11時を少し過ぎたあたりで、なんとなくスマートフォンを置いた。特に理由はなかった。ただ手首が重くて、画面を見続けるのが億劫になった。身体感覚としては、目の奥に鈍い圧がある感じ。気分は「疲れている...
今朝、コーヒーを淹れる前に右肩が少し上がっていることに気づいた。肩こりとはちがう、もっとかすかな緊張——どこかをかまえているような感じ。特に思い当たることはなかったが、昨夜は寝つきが遅かった。気づいた...
朝、コーヒーを二杯目に手を伸ばしかけたとき、ふと止まった。 昨夜の十一時すぎに緑茶を一杯飲んだ。それが今朝に影響しているかどうかはわからない。ただ、目が覚めたとき、肩がすでに上がっていた。これは身体感...
午後二時ごろ、三十分ほど続いた集中が突然途切れた。途切れたというよりも、意志そのものが空っぽになった感じだった。椅子に座ったまま、しばらく何もできなかった。立ち上がることもせず、ただ窓の外の光が少し傾...
午後2時ごろ、メールを書こうとして手が止まった。 文章が浮かばないというより、指が動くのをどこかが拒否している感じだった。身体感覚としては、肩が微妙に前に丸まっていて、首の付け根に小さな張りがある。目...
朝、窓を開けた瞬間に感じた空気の冷たさが、まだ冬の名残を残していた。でも、その中にほんの少し柔らかさが混ざっていて、春が近づいているのを肌で感じた。風が頬をなでる感触に、季節の移り変わりを意識する。こういう些細な変化に気づけることが、最近の小さな喜びになっている。空気の冷たさと柔らかさが同居している、その微妙なバランスに、自分の心の状態も重なって見えた。
今朝、いつものように瞑想をしようとして、5分も経たないうちに頭の中が「今日やるべきこと」のリストでいっぱいになってしまった。気づいたときには、呼吸のことなどすっかり忘れていた。「ああ、また」と思ったけれど、そこで自分を責めるのではなく、ただ「気づけた」ことを認めることにした。完璧でなくていい。気づいて戻ってくる、その繰り返しが大切なのだと、改めて思った。これは何度学んでも、また忘れてしまうことだ。でも、それでいいのだと思う。忘れることも、気づくことの一部なのだから。
午後、友人と話していて、彼女がこんなことを言った。「考えすぎちゃうんだよね」と。その言葉を聞いて、私も同じだと思った。でも、考えること自体が悪いわけじゃない。ただ、考えに「捕まってしまう」ことが問題なのかもしれない。考えを眺めることと、考えに飲み込まれることは違う。そんな話を二人でしながら、お互いに「わかる、わかる」と頷き合った。誰かと悩みを共有できることの安心感を、久しぶりに感じた時間だった。
夕方、ベランダに出て、少しだけ空を眺めた。雲の形が刻一刻と変わっていく様子を見ていると、何もかもが流れていくものなのだと実感する。固定されているように見えるものも、実は常に変化している。自分の思考も、感情も、すべてが雲のようなものかもしれない。そう思うと、少し心が軽くなった。
夜、ふと思いついて、小さな実験をしてみた。寝る前の10分間、スマホを触らずに、ただ静かに座ってみる。何も考えないようにするのではなく、頭に浮かんでくることをただ観察する。最初は落ち着かなかったけれど、だんだんと心が静まっていくのを感じた。たった10分でも、意外と変化があるものだ。雑念が次々と湧いてきたけれど、それを追いかけずに、ただ「ああ、今こんなことを考えているな」と気づくだけにした。するとまた次の思考が現れて、また気づく。そのリズムが、不思議と心地よかった。
もしよかったら、明日の朝、目が覚めたときに一度だけ深呼吸をしてみてほしい。スマホを見る前に、ただ一回。それだけでも、一日の始まり方が少し変わるかもしれない。小さすぎて意味がないと思うかもしれないけれど、小さな一歩が、案外大きな違いを生むこともある。
#内省 #マインドフルネス #気づき #日常の哲学