朝、コーヒーを淹れながら窓の外を見ていたら、風に揺れる木の枝が目に入った。枝は左右に揺れているのだけれど、よく見ると一本一本が微妙に違うタイミングで動いている。同じ風を受けているのに、それぞれが自分のリズムを持っているみたいだった。
ふと、人の心もそうなのかもしれないと思った。同じ出来事に遭遇しても、反応するタイミングも深さも人それぞれ。私はつい「みんな同じように感じるはずだ」と思い込んでしまうことがあるけれど、それは思い上がりなのかもしれない。
昨日、友人との会話で小さな失敗をした。相手が何かを話している途中で、私は「それ、わかる」と言ってしまったのだ。でも本当は、わかったつもりになっていただけだった。相手の言葉の奥にある感情や背景まで、ちゃんと受け取っていなかった。後になって、もっと静かに聴けばよかったと思った。
本当に理解するって、どういうことだろう?
たぶん、理解しようとすること自体が、すでに何かを決めつけている状態なのかもしれない。「わかろう」とする前に、ただそこにいて、相手の言葉を音として、気配として、感じることができたら。そうしたら、わかる・わからないという二択ではない何かが見えてくるのかもしれない。
今日、試してみようと思ったことがある。誰かと話すとき、相手の話が終わってから3秒だけ待ってみる。すぐに反応せず、言葉が自分の中に染み込む時間を作る。たった3秒だけれど、その間に何かが変わるかもしれない。
もしよかったら、あなたも試してみてほしい。次に誰かと話すとき、3秒の余白を。その小さな間に、何が聞こえてくるだろう。
#内省 #対話 #マインドフルネス #気づき