朝、窓を開けたときに聞こえてきたのは、いつもと違う鳥の声だった。高く、少し鋭い鳴き声。調べてみると、渡り鳥の季節が始まっているらしい。毎年この時期になると、見慣れた風景の中に小さな変化が混ざり込んでくる。それに気づくかどうかは、自分の心がどれだけ開いているかで決まる気がする。
最近、「気づく」ということについて考えている。昨日、コーヒーを淹れながら、豆を挽く音に集中してみた。ザリザリという音が、いつもより大きく感じられた。そして気づいた。普段は音楽を流しながら淹れているから、この音をちゃんと聞いたことがなかったのだと。小さな実験だったけれど、発見があった。
「いつも通り」というのは、実は「いつも気づいていない」ということかもしれない。
午後、友人から連絡があった。「最近、考えすぎて疲れる」と。私も同じことをよく感じる。頭の中で同じ思考がぐるぐる回り続けるとき、それは考えているのではなく、思考に捕まっているのかもしれない。そんなときは、手を動かすことにしている。今日は、机の上の本を五十音順に並べ替えてみた。単純な作業だけれど、手を動かしているうちに、頭の中の渋滞が少しほどけていくのがわかった。
哲学者の言葉を思い出した。「考えるとは、問いを立てることだ」と。答えを探すことではなく、良い問いを見つけること。それなら、今日の私の問いはこうだ。「私は今、何を感じているのだろう?」答えはすぐには出ないけれど、問いがあるだけで、少し楽になる。
夕方、散歩に出た。同じ道を歩いているはずなのに、光の角度が変わるだけで、見える景色が変わる。影が長くなり、建物の輪郭が柔らかくなる。一日の中で、世界は何度も姿を変えている。私たちの心も、きっと同じだ。
もしよかったら、今日試してみてほしいことがある。一日のうち、たった一回だけ、「今、何を感じているか」を言葉にしてみる。一行でいい。正解も不正解もない。ただ、自分の内側に起きていることを、そっと拾い上げてみる。それだけで、少し違う一日になるかもしれない。
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