朝の通勤電車を一本遅らせて、駅前の商店街を歩いてみた。普段は素通りする道だけれど、金曜日の朝9時過ぎという時間帯は想像以上に独特の空気が流れていた。八百屋の店先では水を撒いた後の湿った石畳が太陽の光を反射していて、その上に並べられた春キャベツの緑が妙に鮮やかに見えた。店主のおばさんが「今日は暖かくなるねえ」と常連客に話しかける声が聞こえて、その何気ない会話に春の訪れを感じる。
ふと思い立って、いつも行くチェーン店ではなく、角を曲がったところにある古い喫茶店に入ってみた。扉を開けると、焙煎したてのコーヒー豆の香りと、かすかなタバコの残り香が混ざった独特の匂いが鼻をくすぐる。カウンターに座ると、マスターが黙って水を出してくれた。「モーニングセット、お願いします」と注文すると、「トーストは厚切りと普通、どっちにする?」と聞かれて、迷った末に厚切りを選んだ。
出てきたトーストは予想以上に分厚くて、バターがじんわりと染み込んでいた。最初の一口を齧ったとき、外はカリッと中はふわっとした食感に少し驚いた。これまで「効率」を優先してコンビニのサンドイッチで済ませていた自分が、何を急いでいたのか分からなくなる。時計を見ると、まだ会議まで1時間以上ある。窓の外では、小学生くらいの子どもが母親と手を繋いで歩いていた。
帰り道、商店街の本屋に寄ってみた。ここも普段は通り過ぎるだけの場所だったけれど、入ってみると旅行雑誌のコーナーが意外と充実していた。北欧特集の雑誌を手に取ってパラパラとめくっていると、「路地裏にこそ、その街の本当の顔がある」という一文が目に留まった。まさに今朝の自分がやっていたことだと思って、思わず笑ってしまった。
結局、その雑誌は買わなかったけれど、何か大切なことを思い出した気がした。毎日同じ道を同じ時間に歩いていると、見えているようで何も見えていなかったのかもしれない。たった一本電車を遅らせただけで、知らなかった店や人の営みが見えてくる。来週も、また違う道を歩いてみようか。そうしたら、この街の新しい表情がもっと見つかるかもしれない。
#街歩き #日常の発見 #喫茶店 #商店街