朝の通勤電車で、隣に座った中年の男性が膝の上で折りたたんでいる地図を見て、思わず二度見してしまった。スマホ全盛の時代に、紙の地図。しかもかなり使い込まれていて、折り目が白くなっている。「すみません、その地図どこで買われたんですか?」と聞いてみると、「これ? もう二十年以上使ってるよ。デジタルも便利だけど、紙は電池切れしないからね」と笑った。
降りた駅から会社までの道のりで、いつもと違うルートを試してみることにした。大通りを避けて、一本裏の細い路地へ。古い商店街の匂いが鼻をくすぐる。焼きたてのパンと、どこかのクリーニング店から漂う洗剤の香り、それに少し湿った土の匂い。視覚だけでなく、嗅覚でも街を記録できるんだと気づいた瞬間だった。
ふと立ち止まって比較実験をしてみた。スマホのマップアプリで最短ルートを調べると、大通り経由で七分。今歩いている裏道ルートは十分。たった三分の差で、こんなにも景色が変わる。大通りはチェーン店ばかりだが、この路地には手書きの看板を掲げた小さな書店があり、店先に「本日のおすすめ」として旅行記が三冊並べてある。
書店の前で足を止めていると、店主らしき初老の女性が「よかったらどうぞ」と声をかけてくれた。ああ、これが街歩きの醍醐味か、と思う。効率だけを求めていたら、この出会いはなかった。地図を持った男性も、この書店も、少しだけ遠回りをしたからこそ見つけられたもの。
結局、会社には二分遅刻したけれど、心は妙に満たされていた。明日はどの道を通ろうか。同じ街でも、角度を変えれば無限の発見がある気がしている。
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