朝の渋谷駅、いつもの雑踏を抜けて宮益坂を登っていたら、妙なことに気がついた。道の左側を歩く人の半分以上が、無意識に電柱の影を避けている。日差しが強いわけでもないのに、体が勝手に光を選んでいるらしい。僕も試しに影の中を歩き続けてみたけれど、なんだか少しだけ息苦しい気がして、結局また日向に戻ってしまった。人間は思っているより光に素直な生き物なのかもしれない。
青山通りに出ると、老舗の喫茶店の前で若いカップルが地図を広げていた。「ここ、インスタで見たやつだ」と女性が言うと、男性が「でも休みって書いてあるよ」と答える。僕も横目で確認すると、確かにドアには「臨時休業」の張り紙。スマホの情報が必ずしも正しくないことを、二人はこの瞬間に学んだんだろう。僕自身、去年この店を三回訪ねて三回とも閉まっていた経験があるので、他人事とは思えなかった。
表参道のケヤキ並木を抜けて裏道に入ると、突然空気が変わる。観光客の喧騒が嘘のように消えて、住宅街特有の静けさが広がる。ここで面白いのは、どの家の玄関先にも必ず何かしらの植物が置かれていることだ。サボテン、ハーブ、名前も知らない多肉植物。まるで「ここは私たちの領域です」という無言の宣言のようで、歩いているだけで勝手に緊張してしまう。
根津美術館の脇を通り過ぎるとき、庭から金木犀の香りが漂ってきた。季節外れだと思ったけれど、もしかしたら別の花だったのかもしれない。匂いの記憶は曖昧で、思い込みと現実の境界が曖昧になる。でも、その曖昧さこそが街歩きの醍醐味だと最近思うようになった。
次はどの街の「影」を歩いてみようか。光ばかり追いかけていた自分に、少し飽きてきた気がする。
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