朝の通勤電車を一本遅らせて、駅前の新しい商店街を歩いてみた。開店準備中のパン屋から、バターと小麦の甘い香りが漏れてくる。シャッターが半分開いた隙間から、焼きたてのクロワッサンが整然と並ぶ姿が見えた。
「おはようございます」とすれ違った店主らしき人が、誰に言うでもなく呟いていた。その声には、これから始まる一日への静かな覚悟のようなものが滲んでいた気がする。
商店街を抜けて、いつもと違う裏道に入ってみた。古い長屋を改装したカフェの前に、手書きの看板が立っている。「本日のおすすめ:レモンタルト」。字が微妙に傾いていて、几帳面さと不器用さが同居している。こういう看板を見ると、つい中を覗きたくなってしまうのは、旅人の性だろうか。
角を曲がると、思いがけず小さな公園があった。ベンチに座って地図アプリを開く。知っているつもりの街にも、まだ空白がたくさんある。スマホの画面と実際の風景を見比べながら、「ああ、ここはこう繋がっていたのか」と一人で納得した。地図と現実が一致する瞬間は、いつも小さなパズルが解けたような快感がある。
結局、会社には五分遅刻した。でも、知らない道を一本増やせた朝は、それだけで何か得をした気分になる。明日はどの道を通ろうか。そんなことを考えながら、デスクに着く。
次の休日は、もう少し遠くまで足を伸ばしてみようか。地図の空白を、少しずつ埋めていくように。
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